人は、傷ついた数だけ、優しくなれます。 苦しいときは、どうしても自分だけが苦しんでいるように思えるもの。 恋、家庭、仕事、人生…… いろいろなことに、疲れたり悩んだり。 でも、ひとりで苦しんでいても、出口はなかなか見つかりません。 言葉にして、はじめて何かがわかることもあります。 同じような想いの人が、どこかにいるかもしれません。 そんなに思い詰めていないで、ちょっとここで胸の内を語ってみませんか?
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私は、友達が、大好きです。
今日は家族が増えた喜ばしい日です。約10ヶ月もの間、苦しみと痛みに耐えて、それらの辛さを圧倒的に凌駕する喜びがここに誕生致しました。今日は、家族「3人」で向かえる最初の記念日です。ではであ。
おめでとうございます。久々に愛友をひらいて、嬉しい知らせに心温まりました。おとうさんとしての人生が始まりましたね。人間としてはここからがある意味真価を問われることになります。ご家族のためにもまずご自身が壮健であらせられますよう。ところで5/13とは小生にとっても大変に意味のある日付で、運命的なシンクロニシティを感じます。きっと運の強いお子さんになると思いますよ(特に女の子なら請け合います)。
またもや甲子園出場校の不祥事である。報道によれば、3年生部員が飲酒、喫煙をしているところを発見されたため、春の選抜大会を辞退するとのことである。3年生とはいってももうすでにクラブ活動には参加しておらず、選抜大会も1・2年生だけが出場登録されていたようであるが、卒業するまでは部員であるとの高野連の指導の下、「部員の不祥事」ということで、下級生がとばっちりを受けた格好になっている。辞退を聞いた下級生たちは泣き崩れてしまっているようであるが、こういうことが起こるたびに問題になる、『連帯責任』について考えてみたい。連帯責任を大辞泉で調べてみると、「複数の者がある行為について連帯して負う責任」とある。これでは辞書の意味がないので、連帯と責任に分けて調べてみると、連帯「二つ以上のものが結びついていること」「二人以上の者が共同である行為または結果に対して責任を負うこと」責任「自分が引き受けて行わなければならない任務。義務」「自分がかかわった事柄や行為から生じた結果に対して負う義務や償い」とある。さらに義務を調べてみると、「人がそれぞれの立場に応じて当然しなければならない務め」とある。今回の事件では、クラブを去った上級生の飲酒や喫煙を咎める義務が下級生にあったのかどうかが焦点ではないか。責任とは、当然すべきである義務を怠ったときに発生するものであろう。一般的に義務というのは権利の裏返しであるが、今回野球部長や校長が辞任するのは、生徒の管理者としてのまさしく義務を怠ったことに対しての責任として当然であろうと考えられる。しかるに上級生、あるいは同輩、後輩の私生活に立ち入って、違法な行為が行われていないかを管理監督する義務が1・2年生にあったのかと考えれば甚だ疑問である。たとえば道端に誰かがうずくまっているとする。「もしもし、大丈夫ですか」と声をかける人、見てみぬふりをする人、そもそも気づかずに通り過ぎる人、とさまざまであろう。うずくまっている人を助けない人が罰せられないのは、助けなくても責任がないからである(倫理的には問題があるかもしれないが)。前掲の辞書の言葉を借りれば、うずくまっている人を助けると言う行為は「自分が引き受けて行わなければならない任務」でもなければ「自分がかかわった事柄や行為から生じた結果に対して負う義務や償い」でもない。では、「人がそれぞれの立場に応じて当然しなければならない務め」である、義務は発生しているかと考えればこれも疑問である。もし通行人が警察官などであれば、一声かけるのが義務であろう。しかし、一般人にその義務を負わせるということになれば、もしその人が病気で死んでしまった場合、声をかけなかった人はみんな未必の故意ということでつかまってしまう。また、外を歩く際には、他の人は大丈夫だろうかと常に気を配っていなければならない。1・2年生は3年生の飲酒喫煙を咎める立場でもなければ、それを発見するための捜査権ももちあわせていない。今回の件は学校としての世間体を守っただけで、それを守る代わりに1・2年生の甲子園出場という夢を奪ってしまっているだけである。なぜなら1・2年生には、お互いを細かくチェックし、悪いことをしないように見張りあうような義務がないのだから。また、かりに発見したとしても、それを強制的に排除する権利も持ち合わせていない。義務のないところに責任など存在しない。極端なことを言っているのを承知であえて提案する。1・2年生は学校を相手取って損害賠償請求をおこしてほしい。私は野球人ではないが、甲子園出場がものすごく大変なことだろうということぐらいはわかる。必死に練習してつかんだ切符をやすやすと自分のあずかり知らぬ権力によって奪い取られているだけである。連帯責任という美名のもとに。自分の人生をおかしくされたのだから、その損害を請求するのは至極当然のことである。生徒の行動に責任を持っていた学校側は辞任して終わりにせず、1・2年生に損害賠償をするべきである。辞任したからといって彼らが甲子園に出場できるようになるわけではない。彼らが甲子園に出場していたら少なからず高校生たちの人生は変わっていたものと思われる。彼らの人生をむちゃくちゃにした責任は極めて重いといわざるを得ない。日本には昔から美徳というものがあり、これは世界に誇るべき文化であるが、連帯責任などというものは美徳などではなく恥ずべき文化であり、単なる責任逃れである。下級生の涙がそれを如実に物語っているのではないだろうか。
お久しぶりです。といっても数年前になりますが、クラシック音楽のチャットにて、何度かお会いしたHN「しゅーへい」というものです。現在、MICさんの後輩になれるようと(同じ大学・学科です)受験に備え日々努力している状況です。MIDI,色々と聴かせていただきました。頭から「ノスタルジア」の旋律が離れません。感動しました。本当に、できるものなら一度、生で聴いてみたいものです。。笑形式も洗練されていて、今の僕にとっても、とても参考になりました。去年、東京に引っ越しましたので、また演奏会、ぜひ聴きにいかせていただきたいと思います。楽しみにしております。失礼いたしました。
とある3年前ぐらい(?)「クラシック音楽の部屋」でチャットをしていたものです。MICさんとはお会いしたことがあるような気がしますが、、なにせクラ音にいったのも久しぶりな事で。phaosさんとはお友達なのでクラ音が変わった事をしりました。で、MICさんのHPに気づきました。どうぞこれからもお願いしマース。名古屋の音大3年生より
はじめまして!「歴史と旅」の管理人の「しゃけ」と申します。ネットサーフィンしてたらここに辿り着きました。実は昨日に引き続き2日連続の訪問です。今日はせっかくなので、足跡を残しておきます。もしよかったら私のホームページにも遊びに来て下さい。これからもどうぞ宜しくお願いします。※時空のコーナーはとっても楽しかったです。私もサイトの名前のように歴史と旅が好きなのでとっても楽しく拝見しました。まぁ〜そのお蔭で昨日は寝不足になり、今日の仕事は大変なことになってしまいましたが…
書き込みありがとうございました。「歴史と旅」とおっしゃるので、一瞬、秋田書店の雑誌の公式サイトかと思ってしまいました(^_^;;どうか今後ともよろしくお願い申し上げます。こちらの掲示板は一種のテーマ板となっておりますので、よろしかったら「お客様の声(BBS)」のほうで雑談をお楽しみくださいね。貴サイトにもぜひ伺わせていただきます。
見当違いのところに書き込みをしてしまいすいませんでした。これからは気をつけます。また、よろしかったら私のサイトにも遊びに来て下さいね!
店長、お久しぶりです。以前は、励ましていただきまして、ありがとうございます。その後仕事は、アルバイト以外見つかってません。しかし店長のご意見、すべてごもっともであり、今の段階で希望を捨てるべきではないことはわかります。ところで、来年の3月に晴れて理学修士になります。実は大検を取って、35の年から夜学で数学を学んでいました。高校時代の最大のニガ手科目をなんで勉強したくなったかは自分でもよくわかりません。残念ながら現在所属しているのが博士過程が無い研究室なのでどこかドクターコースで受け入れてくれるところを探しているところです。専門も微妙に変えないといけないこともあって、どこもなかなかドクターからじゃ取ってくれないんですよね。飛びぬけた実力があるわけでもないし・・・でも、あきらめずに探してみます。ではまた
アルバイト程度の仕事以外しようともせず、かと言って何かの勉強をするでもなく、便々と日を過ごすだけの「NEET」が30代以上でも増えている昨今、夜学に通ってドクターを目指すとは、それだけでも立派な志と言えるのではないでしょうか。お仕事を失くされたというところだけ伺って、大変だなあと思っておりましたが、それ以外にそんな素晴らしい世界をお持ちなのであれば、経済的にはともかく、心持ちの上では少しも絶望することなどないのでは……??ある意味、天が与えてくれた千載一遇の「時間」と言えるような気がします。勤めなどに煩わされることなく、思索と研究を深められる、普通の人には滅多に得られない時期ですよ。若者にはそういう「時間」のありがたみがわからないことが多いわけで、Terryさんのようなかたこそ、与えられた「時間」を無駄にせず、最終的には大きな業績を上げることができる人に違いありません。高校時代に苦手だった科目があとで好きになるというのは珍しいことではなく、私も日本史など同様のケースがあります。私の場合は大学時代に堺屋太一さんの「歴史からの発想」を読んだのがきっかけでしたが、Terryさんの数学にも、何か契機があったのかもしれませんね。あるいはもともと数学には向いていたので、学校で教えられる数学が肌に合わなかったというだけのことかもしれません。実は私も数学の点数は悪く(中1の時に信じがたい成績をとって以来苦手意識が根付いてしまったようです)、そのくせ無限だの虚数だの、高校までの段階ではわりとあっさり通り過ぎてしまうような観念に想いをはせるのが好きでした。「あの時もっと勉強しておけばなあ。腰を入れて勉強し直したいけど、その時間がないし……」と嘆くサラリーマンは世に多く存在します。Terryさんはその機会を与えられた、いわば「選ばれた人間」なのですから、天に感謝して勉学にいそしまれんことを。
今、愛する人がいて、相思相愛だとわかり、先日、将来を約束する事が出来、天にも昇る想いです。しかし、今までの人生が山あり谷ありでしたからそのトラウマとでも言いましょうか、常に不安が付きものです。浮かれている私に両親が”好事 魔多し”と助言してくれましたので、冷静な判断を失わないようにしなくては、と思っております。ユーミン"ダンデライオン"の中にある”傷ついた日々は彼に出会うための大切な宿題”という歌詞が自然と思い浮かびます。今までの失敗を生かし、自然体でいようと決めた矢先に事態が好転しました。今の幸せがまた当たり前になって来ると打ち上げ花火のごとく燃え尽きるのでは、と心配です。私はもともと自分の自信の無さを人に悟られないように頑張ってしまうタイプで、それに気付いてもらえない時、それまで押さえ込んだものが突然出て、ものすごく甘えて相手を困らせたりします。自分の世界を持っている人が好きなのに。私も自分の世界を持っていさえすればよいのでしょうか?あと40年とか、それくらいのスパンで考えていますからあまり生き急がない方がよいと頭ではわかっていますが。気持ちを素直にぶつけてしまう事って果たしてよい事なのでしょうか?(以前、小細工し過ぎて想いが伝わらず仕舞いでした。その反動かもしれないのですが)自らを信じ、相手を信じる、ただそれだけですよね。長々と申し訳ないです。
nid'abeilleさん、書き込みありがとうございます。何やらお幸せの絶頂のようなご様子ではありませんか。素晴らしいことだと思います。とはいえ、そういう時に、「自分はこんなに幸せで良いのだろうか?」と一抹の不安がよぎるのも、またよくあることなのかもしれません。それは取り立ててトラウマというようなことがなくても、少しものを考える人にとっては当然の気持ちと言えるのではないでしょうか。幸せの絶頂であればあるほど、順番として次は下り坂にさしかかるしかないのではないかという疑いもきざすものですね。しかし、心構えさえしていれば、決して怖れる必要はないと思います。愛する人と将来の約束ができたのであれば、これから起こることに対しては二人で立ち向かうことができるわけですし、「治に居て乱を忘れず」の心がけがあれば、さまざまなことに冷静に対処してゆくことができることでしょう。特に、40年ものスパンで考えておられるということですから、細かい波風などものともせずに乗り越えてゆかれることと信じます。すでにみずから答えを出しておられるようですが、自分を信じること、相手を信じること、今はそれだけで充分なのではないでしょうか。nid'abeilleさんが本当の幸せをつかまれますように!!
北極圏7*、Idiot80、あたりを聞いた者でございます。名前を名乗れなくてごめんなさい。わたしの人生は、はっきり言ってドツボですが、かつての同級生の活躍は嬉しいかぎりです。ハイパースクール、なんてマンガも思い出したりします。ちなみに、私は店長のことを変人だなどと思ったことは一度もありませんよ。念のため。
Terryさん、書き込みありがとうございます。ご正体に関しては何人か候補者が思い浮かびますが、あまり深く追究しないでおきますね(^_^;;同期会などにも全然出席しておりませんので(避けているわけではなく、いつも仕事日とか不在日とかに当たってしまう)、去る者は日々に疎しと申しますか、かつての友人たちの消息もまるで伝わって参りません。人生ドツボとはまた……何があったのかは存じませんが、どうか元気を出してください。人生というのはどこかで帳尻が合うものだと思っております。人間、四十路を迎えると、いろんな責任やら何やらが一挙にかぶさってくるので、どうしてもブルーになりがちで、ミッドライフ・クライシスなどと呼ばれるようですが、必ずまたいいこともやって来るはずです。いけないのは、ドツボの底に自らすくみ込んでしまって、やって来る「いいこと」を見逃してしまうことではないかと思います。この掲示板は悩みやら愚痴やら専用になっておりますので、またしんどくなってきたら、ここでガス抜きでもして行ってくださいね♪
レスありがとうございます。わたしは特に店長の近い友人というわけではありませんでした。(もちろん音楽室とかで話をしたことはあります。)店長は音楽祭のヒーローでしたから、私の方が一方的に関心があっただけでしょう。勉強の合間に、「俺もピアノが弾けたら」なんて、よく思ったものです。それと、ドツボは最近始まった事ではないんですよ。実は子供のこらから誰にも相談できない事情をかかえ、いつも一人で悩んできました。ツッパッて元気ぶっていましたが、それも高校2年でガソリン切れ。同期会は、案内すら来ません。それでも若かったことと、世の中にまだ余裕があったんでしょうか、多くの人にたよりながらも何とかやってきました。でも、40歳でまた失業。はっきり言ってもう疲れた・・・何曲かMidiを試聴しました。もう少しだけ生きてみようかな。
なるほど、Terryさんがどなたなのかは大体わかりました。子供の頃からの事情とおっしゃることは存じ上げませんが、あの学校に少々しんどいところがあったのは同感です。私も中2〜高1くらいまでの期間、その点を感じ続けていました。Terryさんがもう少しだけガソリン切れしないでおられれば、「高校の卒業文集」というものが作られたのをご覧になっていたはずですが……その中にはけっこう深刻な悩みを吐露した文章が多かったものの、読んで思ったことは「君ら、今頃、高校3年にもなって、そんなことを悩んでいるのか?」でした。頭の良い人たちではありましたが、決して精神年齢が高くはなく、むしろ世間一般より遅れ気味だったのではないかとさえ思えました。そう思ったことは、在校中私の中にあったある種のコンプレックスを、完全に払拭してくれたようです。ともあれそういう中で、いろんな事情により早い時期にものを考えはじめてしまった人間は、どうしても孤独ですね。失業なさったのもどんな事情かは存じ上げませんが、まあ世の中のパラダイムシフトが進んでいる現在、終身雇用制度もすっかり崩れてしまいましたから、どんな人にとっても失業の可能性は出てきたわけです。とはいえ物事には両面があり、おかげで40代50代からの再出発も、昔よりずっとやりやすくなっているはずです。いろんな学校の社会人入学枠なども増えていますし、例えばこれから勉強し直して手に技をつけるというようなことも可能でしょう。実際、40近くなってから、あるいは40を過ぎてから、それまでやってきたこととは全く違う勉強を始め、見事に転身してのけた人を、私は何人も知っています。それを阻むのは、自分自身が億劫に思ってしまう気持ちだけなのではないでしょうか。40歳くらいで人生そのものをリタイアしてしまうのは、もったいないですよ♪長いトンネルを抜けられる時が、きっと来ると思います。
はじめまして、修士論文執筆に追われている院生です。実は、追われてるだけでなく逃げ出してしまいました・・・。ひきこもりのような生活をしてもう3週間。研究室からの電話も親からの電話も無視して、あげく家に迎えに来た友達を外へ追いやって、鍵をかけてしまいました・・・。もういやだと思って、2年前卒業論文のプレッシャーから踏みとどまったときに聴いていた「想い出がふわり」を思い出して2年ぶりに、このホームページにやってきました。この曲は、なんて心が安らぐんだろう・・・。心の殺伐とした感じがなくなるというか、人に優しくしてあげたくなる余裕が生まれるというか、ともかく誰かのために生きてあげたい気になるのです。この夜が明けたら、指導担当の助手が家に迎えにくるそうです。(メールにそう書いてあった。)こんどこそ、学校に行こうと思います。おしまいに:「思い出がふわり」の歌詞の主人公の男性には、ちょっとMっ気がありますよね?天真爛漫なお姉さんに振り回されるのが好きそうな感じがします。俺と同じで・・・・。だからこの曲に安らぎを感じてしまうのでしょうか・・・!?
おかげさまで、学校へ行くことができました。ありがとうございます。いきなり重っ苦しい話を書き込んでしまい、すいませんでした・・・・。レスしようがないですよね・・。女友達に好きな子のタイプを聞かれて「天真爛漫な女の子に振り回されるのが好き!」と答えたら・・・「フッ・・・。」と笑われてしまいました。やっぱりおかしいですか・・・?やっぱり男は包容力がないといけないんだろうなあ。
固定楽想の女が好きな男様、書き込みありがとうございます。お返事が遅れて申し訳ございません。レスしようがなかったのではなくて、「お客様の声」のほうと違って、こちらの掲示板にレスを書くのは、私のほうもある程度落ち着いた気分の時でないと少々しんどい、というのが理由でした。重っ苦しい話題、こちらでは大いに結構ですが、レスに多少時間がかかる場合があることだけご理解くださいまし。私の場合は卒論とかではなく、卒業制作でしたので、論文を書く大変さとは少し異なるかもしれませんが、追い込みにかかった時のテンパった気分はたぶん同じようなものではないかと思います。何もかも放り出して、人との接触を断って、引きこもりのような生活になってしまう……そうなるのは理解できるつもりです。ただ、それができるのは学生のうちだけだということは申し上げておきたいと思います。社会に出ても、同じようにテンパった気分に追い込まれることはしばしばありますけれども、それだけに専念できるというような「恵まれた」状態になることは滅多にありません。たいていは、他にこなさなければならない仕事が山積しており、信用をつなぐためにはそれらもおろそかにはできない、という居ても立ってもいられないような状況になってしまうのが常です。だから逆に言えば、今はとことん没頭して、納得の行くまで引きこもってみてはいかがかとも思えるのです。「想い出が ふわり」を聴いて癒されてくださったというのは私にとってとても嬉しいお話でした。自分の作った曲で、少しでも元気になってくださる人が居れば、作曲をやっていて良かったと思います。歌詞についてはAKOっさんという女性が書いたので、文中の「僕」というのがややMっぽく感じられるのはそのためかもしれませんね(^_^;;「天真爛漫な女の子に振り回されるのが好き!」というのは、別におかしくはないと思いますよ♪私の友人にも「ワガママな女の子が好き」と言ってたヤツが居ますので、ある程度普通の指向ではないかと。私自身は、いちど天然悪女というべき女性(こう言ってたいてい思い浮かべるであろう、タイムボカンのドロンジョ様とかロケット団のムサシみたいなタイプではなく、文字通り天然ボケなかわいらしさがあるのに変に人を振り回すのですね)に振り回されて大いに疲れたことがあるので、もうゴメンですが(^_^;;;;;
まあ表の掲示板に散々ぶちまけまくったからどうかな、って気もしたけれどあえて書いてみます。もうすぐ結婚します。ほんとにその人の事が大事だし、その人も同じように自分のことを大事に思ってくれてます。実際何の迷いもないです。けれども別れて1年以上経った前の彼女のことが気にかかります。怒りと憎しみがまだ自分の中で昇華しきれていないみたいです。こんなんじゃだめだって頭では分かっていても気持ちがそうならない。そして僕のそんなところがすごく気に食わないと彼女は言います。(それでも受け入れてくれてるんだけど・・・)ふと思い出してしまい気が気じゃなくなる。こんなのってやばいよね。また相手も僕と同じように学生時代から恋愛で傷つきのたうちまわってきた人間です。その話を聞くたびにどうしようもない嫉妬にかられてしまいます。彼女が受け入れてくれたから僕も嫉妬なんかしてちゃだめだって分かってるんだけど、どうすることもできない。それでも彼女のことがとても大事だし。こういうのって慣れるものなんですかね・・・MICせんせに作ってくれた曲、披露宴で初演に持ち込めるように今がんばってます。まだ約束できてないけど、ヴァイオリンが弾ける人に声をかけてます。もしも演奏できることになったらMICせんせにもぜひ来ていただきたいと思ってます。今はまだ未定ですが・・・(というか、曲自体決して簡単な曲じゃないから、引き受けてくれるかどうか微妙・・)けどいい曲……
何はともあれ、おめでとうございます。前の人と別れた時にかなり荒れてらっしゃったのを憶えているので、まだお腹立ちがおさまらないとしても不思議ではありませんが、まあ、より良い相手と結ばれることになったのだから、いつまでもひきずっていなくても良いのではありませんか??怒りや憎しみがあるということは、まだその人を意識しているということであって、今のお相手が喜ぶはずはないと思います。今のお相手の前でその人の悪口を言ったことでもあるのではありませんか?女性は、自分では男女を問わず他人の悪口を言うのがけっこう好きなものですが、男が他の女性について語るのは、褒めるにしろくさすにしろあまり好まないものではないかと。まあ、お気持ちはお気持ちとして、あまり過去の女性に対する毀誉褒貶をさらけ出さないほうが、家庭が円満であろうと思われます(^_^;;で、今のお相手の過去の男性関係に関してTERLIZORさんが嫉妬を覚えるというのも、わからないではありません。まだお相手に対する自信が完全には得られていないためかもしれませんけれども……しかしものは考えようで、最後に笑う者がもっともよく笑うとも言います。過去の男の誰ひとりとして、彼女を幸せにはできなかったわけですよ。少なくともその点に関しては、TERLIZORさんは過去のどの男よりも上ということになります。そう考えれば、嫉妬する価値もないことにはなりませんか??曲の初演はできたら嬉しいですね〜〜。過去、「静かに訪れて」「Suite:Sweet Home」が披露宴において初演されており、今度できたら3曲目となります。あ、「月姫の舞」もそれに近いかな。楽しみにしております。
MIC様お久しぶりです!あっという間に数ヶ月がたった感がします。。それで皆様も色々と会ったとお察し致しますが、実は私も、最近彼と別れたんです…一週間前に。「えっいつの間にそんな展開になってたの」って感じですよね(笑それで…なんか男って一度別れても未練があったりするのでしょうか?あって欲しいです、私的には…私もあるにはあるんで、もしも両方が同じように感じていたらまたゆっくりとでもいいのでより戻したいな〜と思っております。男性からするとどんなんだろうと思ったので…よろしくお願いします。実は別れたのはつい一週間前で、昨日久々に会って(同じ大学)「別れてごめん」と言われたんです。。それで、別れたら終わり〜もう関係ない、というような人もいると思ったので、まだ友達としてでも気にかけてくれているんだと感じられて嬉しかったんですが、こういうのって彼はどういう風に思っているのでしょうか?昨日会ったときは彼の雰囲気がどよ〜ん…でかなり落ち込んでいたみたいです…。自分から別れを切り出したことについてみたいです。。かなり暴露ですね。(^_^;;また落ち着いてきたらBBSにもお邪魔させていただきますね★
若い女性のこうした悩みに答えるのは正直少し気が引けるのです(私はドライだとよく言われるため)が、私自身現在少し元気を失っていて、誰かの悩みを軽くする手助けが出来るなら少しは立ち直れるかと(あくまで自分の都合で)返信させて頂きます。男ってのは未練がましいものだと思います。それでもってプライドだけが妙に高いのです。詳細がわからないので想像ですが、喧嘩別れでしょうか?もしそうなら、言い争いで男が別れ話を切り出すのは自分のプライドを守るためであるケースがほとんどです。Ikueさんに愛想を尽かしたわけではない可能性は高いです。彼が落ち込んでいるのはその辺を自己分析して、「とんでもないへまをやった、でもいまさら無かったことにしようとは言えない」とでも思っているのではないでしょうか?別れたらもう終わり、関係ないと思っているなら、別の女の子と仲良くしつつ、同じ言葉をかけてくると思いますね。そういうわけで、私はまだ脈があると見ました。ただ、この恋によりを戻すことがIkueさんにとってbest choiceであるかどうかはわかりませんよ。彼が自分のmistakeを自分で回復できるだけの強さと柔軟さを持っているのでなければ、あなたの方から距離を縮めていくことは、同じ別離を再び呼び寄せることになりかねません。ここは一つつれない態度はとらない、程度の受け身でいてはいかがでしょうか。彼がまだ想いを残しているのなら、敗者復活の芽があると感じさえすれば必ず何らかのアプローチがあるはずです。それが確認できてから次の反応を考えても遅くないと思います。だれか(出来れば女性の方)、もっと暖かいアドバイスを寄せてあげて下さい〜。傷心に理を説かれてもあまり納得は出来ないでしょうから…。すみませんね、気の利いた慰め方が出来ませんでした。
Ikueさんは前のヴァージョンの愛友で、ヴァイオリンのことで書き込んでくださいました。今回は異性問題ですね。どちらの趣きでも歓迎いたします。別れた後の男の態度ですか……個人差が大きいし、別れの時の状況にもかなり関わりますので、一概には言えないと思います。この場合は彼のほうから別れ話を持ち出したということのようで、私は女性を捨てた経験がないので(「お断りした」ことならありますが)さらに輪をかけて説得力がなさそうです(^_^;;が、おおむね世間を見回しての判断から申し上げますと、女性のほうから捨てた場合は、捨てた相手のことなど顔も見たくないという気分になるらしいケースが多いのに対し、男の場合は、捨てた相手ともその後適当に友達付き合いができれば良いという、一種虫の好い考えを抱くことが少なくないような気がします。そんなわけで、Ikueさんの元彼の行動も、さほど異とするには当たらないように思えます。今後の彼の行動いかんによっては、よりが戻ることもあるかもしれませんが、現時点であまり期待をかけるのはいかがなものかな、とも考えます。ここに以前書き込んでくれた中にも、彼氏の言うままに、別れてはよりを戻し、別れてはよりを戻ししているらしい人が居ました。彼女としてはその都度一喜一憂で、捨てられるとしばらく落ち込み、それから前向きに立ち直ったかと思う間もなく彼氏からまた連絡があり、情にほだされて戻ってしまうという繰り返しだったようです。男女のことをはたからどうこう言うのは余計なこととはいえ、なんだかむら気な彼氏に振り回されている彼女が気の毒でなりませんでした。Ikueさんにはその轍を踏んで貰いたくありません。別れの時の状況がどうだったのかよくわかりませんが、喧嘩の末彼が捨てゼリフ的に別れ話を言ったのでしょうか、それとももっと冷静に告げられたのでしょうか。前者であれば、彼も後悔している可能性が高いので、仲直りすれば元のようになれるでしょうが、後者の場合はそう簡単ではなさそうです。例えば、よくあるケースですが、彼にもっと好きな相手ができたのが原因だったとすると、どよ〜んと落ち込んでいたのはその相手とうまく行かなかったからかもしれない。それで早まってIkueさんと別れたのを後悔していただけなのかも……残念ながら、彼の一週間後の言動はそれで充分説明がついてしまいます。そういう時に、Ikueさんのほうからよりを戻そうとすると、彼はその時は喜ぶかもしれませんが、Ikueさんが「便利な女」「キープ用の女」であると意識に刷り込まれてしまいかねません。ひとたびそうなってしまうと、彼は今後も、誰かに心惹かれるたびに別れ話を持ち出し、それがうまく行かないと戻ってくるという習性がついてしまうでしょう。つまり、上記の女の子の彼氏と同じことになってしまうわけですね。振られた側というのはそう簡単に気持ちを切り替えることもできませんから、Ikueさんがまだ未練をお持ちだというのは無理もないことです。今は「あたしはキープ用でもいいから、戻ってきて欲しい」とお思いかもしれませんが、ここはあえて「ただの友達」的態度を崩さないようにしておいたほうが、のちのちのためなのではないでしょうか。荒尾漆黒斎宗匠と似た結論になってしまいましたが(^_^;;幸いIkueさんは熱中できる趣味などもお持ちですし、学業にも打ち込めるタイプだと拝察いたします。側に男が居ないとどうにもならない、というお人柄ではなさそうですし、しばらくはご自身の研鑽に専念されてはいかがでしょう。彼にその気があれば、また接近を図ってくるでしょうし、そうすれば弱みは彼のほうにありますから、必ずしも同じことの繰り返しにはなりますまい。また、そうこうするうちにもっと素敵な男性がIkueさんの前に出現するかもしれませんしね。私などから見るとまぶしいくらいにお若いIkueさんのことですから、学業に趣味に恋に、力一杯打ち込んでいただきたいと思います。
最近、職場でモテモテです(マジで)。一時期、お昼ご飯つくってくれてました(おべんとう)。最近は、晩ご飯をもってきてくれます。問題は、好みじゃないってことでして。食べ物他、好意でくれるものは、ありがたく頂戴しております。きっちりと、おいしく食べております。食費がうくので。でも、こっちは好みではないので、本人にはキッパリと「好意でくれるものはありがたいし、トクだからもらっておくけど、だからって何かを期待されても困るし、別にこっちはなんの感情もないから。」・・・と、言い切っております。これ、残酷ですかねえ?
久々の書き込みありがとうございます。「お客様の声」のほうと較べ合わせると、正体バレバレという観もありますが(^_^;;ご質問ですが、それは残酷ではないと思いますよ。なんとなく気を持たせつつ、態度をはっきりしないであれこれ貢がせているのなら残酷でしょうが、はっきり言ってあげたのであれば問題はないのではないかと。相手のほうも、そう言われたのになおかついろいろ持ってくるのであれば、ある程度気持ちの上では割り切っているかもしれませぬ。ただ、はっきり言われたのになおかつ持ってくるというのは、微妙に「ぷちストーカー」っぽい振る舞いのような気もしますので、彼女が本格的なストーカーにならないよう注意しませう。
正体バレバレは前からですから(笑)。ちなみに、既にぷちストーカーされてます(汗)。
余計なお世話だとは思いますが一つ注意を喚起致しまする。相手の(ぷちストーカー)女性、玄人様ご自身には恐らくなんの危害も加えないことが期待できますが、もし玄人様が別の女性と仲良くならんとした場合、大変な害悪を(本命女性に対し)もたらすことが予想されます。何らかの予防処置を講じられますことを。
はじめまして。連狂歌にはよく参加させていただいておりますが、書き込みなどは初めてです。一番最初の書き込みが人生相談なのは失礼かもしれませんが、お許しください。昨日、5年間片思いを続けていた人に告白して、振られてきました。彼女にも振られてもずっと想っている人がいるというのが理由でした。流石に5年間の思いはすぐには捨てきれず、昨日の夜からずっと悶々とした気持ちでいます。泣いてすっきりしたいところなのですが、なんだか泣くに泣けないような複雑な気分です。しばらく間をおいてきちんと諦めてお互い成長してから、もう一度友達として付き合おうと彼女には言ってはいますが、それまで自分がどうなるのかとても不安です。告白までずっと相談に乗ってくれた人には、私の性格を知ってか「再挑戦は止めたほうがいい」と言われましたが、下手をすれば再挑戦してしまいそうな気持ちです。振られた理由ももっと納得のいくものなのであればよかったのですが、これでは余計闘争心を掻き立てられるようなので余計辛いです。とにかく間をおくというのははっきりしていることなのですが、その間に一体どうやって自分を納得させていけばいいのかわかりません。もう一度アタックできるよう漢を上げていくようにするのか、それとも諦めるよう自分を説得し続けるか・・・。再挑戦は止めたほうがいいというのも、自分でも一理あると思うので余計迷いが生じるところです。大学受験も目前に迫っていて大事な時期なのですが、これで頭がいっぱいになってしまうので、諦めた方がいいのでしょうか・・・?諦めるとしたら、何が今度自分の存在を支えていくものとなるのかとても不安になります・・・。自分がどうなりたいのかということもはっきりしないので、いつも一人では泥沼にはまってしまいます。誰もが経験することでしょうが、私にとっては人生を決めそうな大事な問題になってきそうです・・・。支離滅裂な文章でしたが、何か良い意見ございましたら、よろしくお願いします。
この掲示板をあたたかく支える管理人MIC氏の「練れた」返信が、時を待たずして寄せられるでしょうが、その前に一度愛友の悩みにレスを付けてみたかったので勇気をふるって書き込みます。長くなりそうなので最初に断りますが、私は情緒的にものを考えません。冷徹に過ぎる、理屈が勝ちすぎだ、との批判が生じる確率は大変に高い忠告となると思います。当方、40を過ぎたおじさんです。やまさんとは20以上の年齢差がありますが、この悩みはよくわかりますし、昨日のことのように思い出すことも出来ます。想いを長くため込むほど、それを解放したときに生じる空隙は大きいものです。ですから、特に「何が自分の存在を支えていくものになるのか不安」というくだり、他人事とはおよそ思えません。ごくごく普通のアドバイスをさせてもらえば、「時間がたてば思い出になる」というものになります。私の場合もそうでした。でも、時間が経つことに耐えられそうにない…そいういう凶暴であって臆病でもある自分を見つめていることが苦痛だ…という事なんだと解釈しました(かつて私の場合がそうだったので)。自分がどうなりたいのかがはっきりしない、と仰いますが、割とはっきりしているのでは?要するに、「彼女といい関係になりたい」のでしょ?“no”の理由に納得できないから。でも、ここは押してもいい結果が出そうもないし(周りのアドバイスもその方向だし)。時間をおく、というのも、自分を落ちつかせるためと言うよりは、その方が彼女に想いが届きやすいから、という戦略上の布石ではないでしょうか。だったら、玉砕覚悟で自分の信じる再挑戦をすることが、やまさんにとってはベストだと思います。でも、それは彼女にとって喜ばしい事態でしょうか?それも考えてみて下さい。ひょっとすると十分にまだ脈はあるのかも知れませんし。そして、もしそうであるなら、あなたの悩みには「立ち上がる気力がなくなるまでアタックせよ」になります。ただ、もし望み薄だな、と思うなら…ヘンな言い方ですが、やまさんが再挑戦を諦め、傷心を抱えて七転八倒して苦しむ方が彼女にとっていい結果をもたらすのであったら(あくまで仮定の話ですよ)、そうするのが「漢」のような気もします。…と、こんな具合にあおっては見ましたが、絶対そんなことはないはずです。あなたが苦しむ姿をみて、“no”を言わざるをえなかった彼女が嬉しいはずはないのです。出来るはずはないだろうな、と思いつつ正論を吐くと、告白前と同じ、親しい友達として接してもらえることが一番安心できるはずです。しかし、もはや告白の賽は投げられ、それに対して嬉しくない返事が返ってきたのですから、以前と全く変わらない態度というものは、まさしく演じなければ得られないはず。…と、納得した上で演ずるか、そんな自分にも相手にも不誠実な態度は許容できん、と正直に振る舞うか、その両方とも嫌だから距離を置き、空白をおくか、という選択肢が見えてくると思います。自分の存在を何に預けるべきか、と言う悩みが出てくるのは、この3番目の選択肢「一旦戦場を離れる」を選んだ場合だと思います。前置きがえらく長くなってしまいましたがここからが(勝手な)アドバイスです。結論から言います。悩むことです。それも問題を直視して。その悩みと向き合って、苦しむことを存在の糧とするのです。苦しい日々になります。おそらく、受験にも差し支えるでしょう。ひょっとしたら浪人するかも知れません。でも、ある日突然(それこそ時のもたらす祝福だと私は思っているのですが)いきなり視界が開けることがあるのです。ただしそれは明日かも知れませんし、10年後かも知れません。不確定です。でも抜け出そうとあがき続ける以上、朝は必ずやってきます。一種の宗教的な達成感があります。何か、別のものに目を向けて「逃避する」ことも出来ます。多くの場合その方が楽だったりもします。それによって、普通では出来ないような大きな仕事が成し遂げられることもあります。恋とは直接関係のない項目に「成果」を求めたいのであれば、まさしくひとまずそこ(恋の痛みがふきだまる場所)から逃げ出す方がいいと思います。自分の限界を超えて自らをいじめることの出来る得難いチャンスですから。ただし、目を背けたその方向ではキッチリ成果を求めて下さい。逃避のための逃避というのが一番(本人のためにも、周囲のために、そして何より彼女のためにも)良くありません。こう書くと、こっちの方がリスクが少ないように見えます。でも覚えておいて下さい。いつかは、そこから目を背けることなく悩まねばならないときがきっとまたやってきます。一旦棚上げにするか、今やってしまうか、それだけの差です。過激なアドバイスであることは重々承知しております。でも、本当に何かが欲しいと思ったら、何かを諦めねばならないとおもいます。やまさんにとって今、恋の成就が何よりも欲しいものであるなら、損失覚悟で悩むことが、一生をトータルで考えれば一番いいのではないでしょうか。最初に戻りますね。今一番、やまさんにとって欲しいものは何か、という部分に。自分で自分がよく見えなくなったら、周囲の目に映った自分をみることです。こういう時のための友達です。幸運にも、やまさんの周辺にはアドバイザーがいらっしゃるようですから、ネット上のおじさんの意見より、あなたの目を見て息づかいを感じて言葉をかけてくれる友達を頼る…というのもアドバイスの常套文句、と注意を喚起して結びとしましょう。長くなって申し訳ありません。
アドバイス本当にありがとうございます。不安は多少なりともあるもののレスを見て大分考えの整理は出来ました。あれから考えてみたところ、やはり今の私の存在を支えるのは良くも悪くも彼女の存在だということに気が付きました。この5年間で彼女の存在抜きにしてものを考えることが出来なくなってしまったようです・・・。それがいいことだとは思えませんが、彼女を好きだということだけが私をここまで引っ張ってきたのもまた事実なのです。それを今捨てるとなると受験に向かっていく力も何もかも捨てるようで逆に現実的ではない気がします。寧ろ不可能です。というのも、やはり断わられた理由が、彼女が元彼を諦めきれないということだからです。諦めきれないという感情は私が今まさに感じていることなので、誰よりも理解できるところです。ただ、諦められないということで断わられるのであれば、私が彼女を好きでい続けることも同じ理由で正当化されてしまうように感じます。もし私が諦めるのならば、彼女の元彼を想う気持ちが私の彼女を想うそれよりも勝っている場合だけでしょう。だから「立ち上がる気力がなくなるまでアタックせよ」ということが必要なのは、私よりも寧ろ彼女の方だと思います。そうやって彼女の気持ちの強さを見せ付けてくれて初めて、私は諦めるということに到達できるような気がします。そうやって諦めることなら私も満足でしょう。逆に本当に私に諦めて欲しいのならば、彼女にそうしてもらうより他ありません。私の5年間の想いはそんなにやわなものではないので、そう簡単に否定できるものではありません。もし私の想いが勝っているようであれば、それこそ私は「立ち上がる気力がなくなるまでアタック」します。今回だけで自分の気持ちが伝わったとは到底思えません。ただ、荒尾漆黒斎さんが言われるように、時間がたてば思い出になることもあり得ますので、しばらくは様子を見ようと思います。もしかしたら突然千年の恋も冷めるような瞬間が訪れるかもしれません。彼女自身にも諦めようという気持ちはあるようなので。しかし、経験者からしてみるとそう簡単に諦められることでもありませんから、状況はそれほど変わらないと踏みます。とにかく、しばらくしてから上で言ってきたことを彼女にも伝えようと思います。それまで苦しむこともあるでしょうが、そうならば「苦しむことを存在の糧」として頑張りたいと思います。と、こんなに赤裸々に語ってよいものでしょうか・・・。後で読み返すのが恐ろしい気も・・・。(笑)
やまさん、書き込みありがとうございます。連狂歌によく参加してくださっているので、はじめましてという感じはしませんね♪リニューアルしてからこちらの掲示板への書き込みが少なかったので、歓迎いたします。受験前の5年間、想い続けていたということは、中学のしかも1年とか2年とかからですか……それは長いことだったでしょうね。私なんかの年代になってからの5年間よりは、10代の5年間というのは遙かに長く感じるものですし。その5年間に何もアクションを起こさず、しかも他の女性に眼を向けることもなく、ただ想い続けたというところに驚かざるを得ません。その一途さには頭が下がると同時に、10代でそんな状態で良いのだろうかという若干の心配も感じたりいたします。私も3年間想い続け、ようやく意を決して告白したら、彼女がその一ヶ月前に婚約していた、という苦い経験がありますので、やまさんがなかなかアクションを起こせなかったお気持ち、そして拒絶されたあとの今のお気持ち、共に一応は理解できるつもりです。ちなみに私は諦めきれず、それから数ヶ月ほど、毎週彼女に手紙を送り続けました。もちろん、返事は一度も来ませんでした。あげくに、彼女のお母さんから懇切な手紙が来てしまった時に、さすがに自分の愚かしい姿にいやけが差して、ようやく諦めました。「立ち直る」にはさらに数ヶ月を要しましたが……その他にもいろいろありましたが、そのあたりの経験を踏まえてひとこと述べさせていただきます。厳しい言い方になってしまいますが、「元彼が忘れられないから」という言葉が、断り文句として女性から出た場合、はっきり言ってほとんど脈はないと思われます。女性は現実的な生き物であり、もし振られた後に言い寄ってきた男が、それなりにストライクゾーンだと思えば、「元彼」のことなどいとも簡単に忘れてしまうものです(死別とかだったら話は別ですが)。相手をあまり傷つけず、自分も傷つかずに断る口実としては、「元彼が忘れられないから」というのが実のところいちばん適当なものであることを考えてみてください。もちろん、彼女の意識としては口実を使っているつもりはなく、本当に忘れられないのだとは思いますが、少なくとも彼女がやまさんのことを「元彼を忘れさせてくれることができない」程度の存在としか見ていないのは確かですね。いやなことを言うようで私も気が重いのですが、とにかく現状はそういうことだという点を認めたほうが、先の展望もひらけるのではないかと思うのです。現状がそうであれば、時を置かずに再アタックした場合、より強い言葉で断られる可能性が高いでしょう。(むろんこういうことに「絶対」はなく、やまさんの熱意にほだされてOKしてくれる可能性も絶無とは言いませんけれども……)そこで、採るべき手段はいくつかに絞られそうです。時間を置き、やまさんがもっと魅力的になって彼女の前に現れるか。逆に、会うたびに軽やかにアタックし続けるか。後者は、「軽やかに」というところがポイントで、重くなってしまうとストーカー扱いされかねませんのでご注意ください。「おはよう。あ〜ところで、やっぱり俺と付き合ってくれない? ダメ? じゃあまた次に期待をかけようっと」くらいの調子で、その都度言い続けていれば、もしかするとそのうち見直してくれるかも。少なくとも、「友達関係」は保てるんじゃないでしょうか。それすらも避けられるようになってしまったら、これはもう仕方がありませんが……ただ私が本当にお薦めしたいのは、もう少し他の女性にも眼を向けてみたらいかがかということです。「彼女だけが女じゃないよ」と、振られた直後の人に言ってもあまり説得力がないのは重々承知しておりますが、中学・高校の5年間たったひとりしか眼に入らない状態だったと伺うと、やっぱり「もっと広い世の中を見てみたら……」と申し上げたくなってしまうのです。そして、これだけははっきり申し上げられますが、「そんなことで人生は決まりません」。大丈夫です。気持ちがどうしても抑えきれなくて勉強も手につかないのであれば、再アタックもアリでしょう。その結果うまく行けば儲けもの、というくらいの心構えがよかろうかと思います。上に書いた通り、もっと強い言葉で断られる可能性が高いと思いますが、逆にそのほうが踏ん切りもつくかもしれませんね。いろいろ書きましたが、「それでどうするのか」はあくまで自分次第。今のやまさんにとっていちばん良い方法を見つけ出されることをお祈りいたします。
MICさんありがとうございます。厳しいお言葉もありましたが、それもまた私には必要なことでしょう。実を言うと彼女とは一度だけ両思いになり、お付き合いさせてもらったことがあります。ただ、それは中学校の頃だったのでまともな付き合いとはいえないでしょうが・・・。そのときに別れてしまったのは私の未熟さが原因だったのは確かです。一旦は高校も別になって半分諦めが付きましたが、やはり一度友達としてでも付き合ってみるとどんどん好きになっていく自分がおりました。それだからこそもう一度リベンジしようと思い、今回告白したわけです・・・。私が「元彼を忘れさせてくれることができない」程度の存在であることは十分理解しています。ただ、そうならばもっと自分を磨いていこうという闘志も湧いてくるところです。自分で言うのもなんですが、自分の悪いところなどいくらでも思い当たりますし、まだまだ自分を鍛え上げていく余地も十分にあると思います。それでリベンジしても成功するとは限りませんが、今回のことだけでは自分が出来ることを全てやりきったとは到底思えません。やり切ったあとで断わられるのならば諦めも付くでしょうが、まだやり残すことがあるのに諦めてしまうのは自分でも許せません。私が未練がましい男だとは重々承知しております。でも、無理だとわかっていてもそれに向かって出来る限りの努力をしていきたい気もします。人生にそんな経験もそうはないでしょうから。結果として自分の成長につながれば、それでいいようにも思います。これがその機会なら私はもう一度リベンジする方向で行きたいです。この5年間をただの思い出としてしまうのはあまりに勿体無い気がします。もし諦めることだけが私の成長を促すのならば、そうするより他ありませんが・・・。ただ、私が男子高に通っているということも諦めが付かない理由のうちの一つでしょう。もし環境が変われば、他の女性を見ることが出来るかもしれませんが。でも、少なくとも高校にいる間、受験までの間は今の理由でなければ自分は頑張れない気もします。今から自分を磨く理由を見つけるのも厳しいでしょう。だから、せめて今のうちだけでもリベンジを期すことで自分を高めて行こうと思います。とにかく理由は何であれ今は自分の魅力を磨いていきたい。結果関係なく自分は精一杯やったといえる機会もそうそう作れないでしょうから・・・。
ここのところ、親や親戚にたのみ事をされて、安請け合いしたばっかりに大変な仕事を背負ってしまう・・・ということが立て続けにおこり、ここのところ少し(だいぶ?)疲れています。ぼくは占いなどはあまり信じる方ではないのですが、渦中のさなか、ふとある占いのサイトを見たら「あなたは問題の所在を分かっています。だからこそ、本件を担当する人材として、あなたが最も適任者なのです」と書いてありました(笑)客観的に考えても、依頼者は自分たちで解決する能力がないことと、ぼくなら解決できるということを知っているから頼んできたわけですよね。だから、やっぱり、どっちみち断ることはできなかったし、引き受けるしかなかったんだと思います。前置きが長くなりましたが、こんど、新たに頼まれた仕事を断るべきかどうかで、ずっと迷ってます。泥沼にはまりそうな予感があって、断ったほうがよい気がします。なによりも恐れているのは、現在うまく進みつつある本来の仕事が、厄介な仕事を引き受けたことが原因で共倒れにならないだろうか、という心配です。なら、断ればよいと思うのですが、なぜか、断れない気持ちがあるのですね。理屈で考えれば、引き受けるメリットはないはずなんですが、それでも引き受けようとしている自分がいて、よくわからなくなってます。ちょっとくわしい話もしておきます。じつは、ぼくは1年間「アートマネージメント」の講座を受けてきました。それが本当に杜撰で、アートマネージメント」の講座のくせに、講座のマネージメント(運営管理)がまったくできていなくて、分解寸前でした。(というか、すでに分解しました)主催者側が演劇関係の人間が多いんですが(べつに演劇差別のつもりではないんですが)みんなやる気がなくて、責任をたらいまわしして、仕事でやっているという意識がないんですね。しかも、講座の運営のノウハウや、アートマネージメントの専門知識を持った者が、主催者側に一人もいない・・・というわけのわからない状態で・・・その講座が、今月で第1期が終了するので、当然のことながらやめようと思っていました。その講座で、去年、ダンスの講師のYさんが数回ワークショップを行いました。Yさんはとても魅力的なダンサーで、昨年、個人的に彼女のダンスの公演の立ち上げを手伝だったりしたのですが、とても勉強になりました。先日、Yさんから突然メールがあって、「自分はこの講座が立ち消えになるのは惜しいと思うし、ぶんげんさんと○さんと一緒なら講座を立て直せると思う。いっしょに主催者側として仕事をしませんか?」という内容でした。(そのメールの後、Yさんは、実際に運営スタッフに加わることが内定したようです)Yさんはいろいろなアイデアがひらめいて、やる気や才能はある人なのですが、行き当たりばったりというか、やはり運営管理能力がある人とはいえないように思います。ところが、Yさんの人選の組み合わせを見て「はは〜なるほど、確信犯だな。」と思いました。Yさんは、その点を自覚していて、その上でこういう人選を思いついたのだと思います。じつは、ぼく自身は、講座の改善点がどこにあって、それを改善するにはどれぐらいの労力と時間がかかるかが、なんとなくわかっています。手をつけだしたら泥沼のような仕事を背負ってしまうことも予想がつきます。しかし・・・と、永久ループしてます。すみません。自分自身の考えがまとまってなくて、長文になってしまいました。
頼まれるとイヤと言えない性格というのは、私にもあるようなので、お気持ちはよくわかります。大変だ面倒だと思いつつも、頼られている自分がちょっと誇らしくもあって、ついつい引き受けてしまうんですよね(^_^;;それと、一旦断るとこの筋の人脈が一挙に絶たれてしまうのではないかという不安。まさか親御さんやご親戚の場合はそんなことはないでしょうが……そうでなくても、人の申し出を断るというのはエネルギーが要るもので、引き受けてしまったほうが、その場は楽だったりもします。それで結局、オーバーワークになってしまう、と……しかし、自分にとってのデメリットが大きすぎると判断されるのであれば、やはり心を鬼にして断らなければならないこともあると思います。何をご自分のお仕事の中心と見なしておられるのかにもよりますが、ぶんげんさんの場合はやはり「演奏家」であることが第一なのではないかと拝察いたします。主に「企画屋」としてやってゆくお心があるのであれば、講座の主宰を引き受けるのもそれなりに意味のあることかもしれませんが、そのつもりがなく、しかも引き受けることで「演奏家」としての活動に支障が生じるというようなことであれば、Yさんと訣別することになろうとも、これは断るしかないのではないでしょうか。以上のことは、たぶんぶんげんさんもとうにおわかりなのであろうと存じます。それでもちょっと未練が残るらしいのは、おそらく、──自分が関わって改善したら、けっこううまく行くようになるのではあるまいか?という自負があるからではなかろうかと。断るのは、なんとなくその自負を否定することになるような気がしているのではありませんか?しかしやはり、物事は「何が大事なのか」ということを考えて判断すべきで、ぶんげんさんならそれができるだろうと信じます。どうか、悔いのない決断を下されますように……
そうですね。やっぱり、ここは心を鬼にして断るべきのような気がします。でも・・・・なんで断れないのか考えてみました。・「自分が関わって改善したら、けっこううまく行くようになるのではあるまいか?」というのは、けっこう思ってます。時間の余裕があれば、迷わず引き受けていたと思います。・最近、自分自身が、某ピアニストに伴奏を断られて、かなりへこんでいた経験も、断ることを恐れている原因だと思います。そのピアニストは、引き受けることができない状況をていねいに説明してくださって、そのことに感謝しなければいけないと思います。でも、別の機会にもういちど伴奏の依頼をする勇気があるかというと、ないと思います。・Yさんを含めて、まわりの人間に「あの人は仕事を選んでいる」→「ぶんげんは近ごろ調子にのって威張っている」という誤解を受けることを恐れています。・ダンスの世界がどうなっているのかよく知らないのですが、Yさんは、この地区のコンテンポラリーダンスの中心的存在の1人のようです。Yさん(または関係者)と、いつか、ダンスとのコラボレーションの公演をやってみたいと、ひそかに思っています。今回は、われながらうじうじしていて、しょうがないとは思うのですが・・・
「時間の余裕があれば」できることはたくさんありますよね(^_^;;しかし人生は、限られた時間をどう割り振ってゆくかを決断することの連続と言ってよろしいかと思います。そこに優先順位が生じてしまうのは、どうしようもないことです。「仕事を選んでいる」→「近ごろ調子に乗って威張っている」と見られるのは、多忙な人の宿命と言えるでしょうね。さっぱり仕事が来ない人から見ると、忙しく飛び回っている人は妬ましいもので、ヤッカミの気持ちを持つのはやむを得ません。誤解と言うより、そんな陰口を利くような人はなかば意図的に言っているので、ご不快ではありましょうが、言わせておくしかないと思います。大体そんなことでやっかむのは、自分自身はちっとも営業努力をしない連中が多いですから、相手にするだけ時間の無駄でしょう。挫けずに、自分のやるべきことを見据えてください。
おかげさまで、だいぶ考えがまとまってきました。今回は、やはり辞退した方がよいように思えてきました。別の形で、自分の負担にならない範囲でのお手伝いを提案してみるとか、なるべく誠意のある辞退方法を考えてみます。親切にありがとうございました。
お待たせいたしました。「愛と友情の掲示板」復活です。以前はレンタル掲示板を用いていたため、レンタル元の閉鎖により休止を余儀なくされておりましたが、今度は私自身が借りているサーバーにスクリプトを置きましたので、管理もしやすくなりました。「お客様の声」に書くには、ちょっと重いかな、と思われる話題にご利用下さい。
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