「連弾」を考える

 「連弾」というのは、1台の鍵盤楽器を複数の奏者が演奏することを言います。まあ鍵盤楽器特有の演奏形態と考えて良いでしょう。マリンバなどの大型の鍵盤打楽器を連弾するということも無いではありませんが、鍵盤打楽器も広義の鍵盤楽器に含めることができます。ともかく弦楽器や管楽器ではまず考えられない形です。
 鍵盤楽器の中でも、オルガンを連弾するということはあまり見受けられません。ハープシコードなども滅多にやらないでしょう。ピアノのための曲が質量共に抜きん出て多くなっています。
 ピアノという楽器がたいへん幅広で、ふたりの人間が容易に並んで向かえるというのが大きな要因となっていると思います。演奏のレッスンをする際にも、ピアノであればたいていは生徒と先生が1台の楽器の前に並ぶ形になります。その形からして、生徒と先生が一緒に弾くことのできる曲、いわば教育用の曲が書かれるようになるのも自然な流れであったでしょう。
 私も連弾ピアノのためには、ずいぶんいろいろ書きました。大多数は編曲ですが、オリジナル作品としても、『La Valse de Mariage(婚礼のワルツ)』というのがあり、また他の楽器とのアンサンブルの中で連弾ピアノを用いるものとして『Fanfale Souka』『うたでの出会い』があります。二重唱曲『静かに訪れて』を、6手連弾を含むアンサンブルに編曲したこともあります。いろんな演奏会で、複数のピアニストが出演するということは案外多く、1曲くらい一緒に演奏するものがあっても良いという話の流れになって、連弾の曲、あるいは連弾アレンジを依頼してくることが少なくないわけです。こういう場合は教育用の曲と違って、それぞれの奏者がそれなりに弾ける人たちですので、かなり豪華なサウンドを作ることができます。

 最近はピアノの導入にバイエルの教則本を使う先生は少なくなったと思いますが、私は最初の導入のときに母親に教えて貰っていたせいもあって、バイエルにどっぷり漬かっていました。教則本がかなり終わり近くなってからピアノ教室に通いはじめたのだと記憶しています。
 バイエルの導入書としての評価はともかくとして、この教則本には連弾による練習曲がたくさん含まれているのが特徴です。生徒のほうがドレミファソファミレドといったような単純な繰り返しをしているところへ、先生パートがちょっとしゃれた和音で伴奏をつけてゆくようなタイプのものは、それなりに楽しく練習できます。ただ、1週間にいちどのレッスンのときにだけ先生に伴奏をつけて貰うのでは、子供だとふだんの練習に飽きてしまいます。最近バイエルがあまり使われないのも、あるいはこれが原因かもしれません。うちは幸い、バイエルの伴奏程度であれば母が弾けたので、退屈せずに済みました。
 私の実家には子供向けの連弾曲集のようなものも2、3冊あったと思います。これはレッスンで使ったわけではありませんが、ときどき母と合わせていました。確か中の1冊の最後に載っていたのが中田喜直さんの『汽車は走るよ』という曲で、これなどは子供のピアノ発表会などでもしばしば採り上げられます。母が連弾につきあってくれるのはこのあたりが限界だったようです。
 妹もピアノを習っていました。うちにあった連弾曲集を妹と合わせた記憶はあまり無いのですが、ディアベリの連弾のためのソナチネはいくつか合わせたと思います。ディアベリは『ソナチネ・アルバム』の第2集にいくつか作品が載っていますが、ベートーヴェンの大作『ディアベリのワルツによる33の変奏曲』によって名が知られています。作曲家で、ピアニストで、ピアノ教師で、楽譜出版業者だった人です。連弾によるソナチネは明らかに教育用の作品で、第一奏者は右手も左手も5度の幅におさまるように、つまりまったくポジションを動かさずに弾けるように工夫されています。
 ピアノ教室の発表会にはじめて出演したのは小学2年生のときでしたが、このときソロでモーツァルトのハ長調ソナタを弾いたほか、選抜メンバーで中田先生の『日本ふうのメロディーによる主題と変奏曲』をやりました。これは2台のピアノを4人で弾く、いわゆる2台8手の作品です。これも連弾の範疇に含まれます。私が第一奏者で、第二奏者は当時6年生だったかの先輩、第三奏者は中学生、第四奏者は高校生だったと記憶します。たいへん豪華な気分になりました。
 翌年の発表会では、今度は1学年下の後輩とふたりで、『おもちゃの交響曲』の連弾用編曲版を弾きました。当時はハイドンの作品とされていましたが、その後レオポルト・モーツァルトヴォルフガングのお父さん)作曲ではないかと言われ、現在はアンゲラーというマイナーな作曲家の作品ということでほぼ定説となっています。だいたい同レベルくらいの奏者の組み合わせで連弾をする楽しさをこれで知りました。
 そのあとその教室の発表会で連弾をしたことはありませんが、そんなわけで私は子供のころ、けっこう連弾の経験を積んでいました。

 連弾という演奏形態はいつごろからはじまったのでしょうか。事典によると、17世紀のはじめごろに、英国で「3手のための」作品が書かれているそうで、これがいちおう最初の連弾曲だとされています。17世紀初頭の鍵盤楽器といえばハープシコードかクラヴィコードか、もしくはヴァージナルか、いずれにせよピアノよりは小型で鍵盤数も少ない楽器ですので、ふたりの奏者がまともに並んだら狭かったでしょう。3手というと片方の奏者は片手で演奏したと思われますが、物理的にそのくらいが限界だったのかもしれません。
 出版された最初の連弾曲はバーニーという作曲家のソナタだとか。1770年に刊行されたらしいのですが、そうだとするとモーツァルトの初期のソナタのほうが先に書かれている可能性もあります。1765年、9歳のときにハ長調の連弾ソナタを書いているのです。私の想像ですが、これは姉さんのナンネルと一緒に弾くために作ったのではないかと思います。親父のレオポルトは、幼いナンネルとヴォルフガングを連れてよく演奏旅行に出かけていました。かわいらしい姉弟が1台の楽器(このころはまだハープシコードのほうが主流だったでしょう)にとりついて一緒に弾いているさまはさぞや微笑ましかったに違いありません。昔、連弾や2台ピアノなどを扱ったコンサートのプログラムに、そのあたりを簡単なマンガにして描いたことがあります。なお7年後、16歳のときに書いたニ長調の連弾ソナタは、ナンネルと一緒に弾くために書いたことがはっきりしています。
 モーツァルトのほか、ほぼ同世代のクレメンティなども連弾ソナタをかなり書き、当時のピアノという楽器の急速な改良ともあいまって、連弾作品はずいぶん多くの作曲家が手がけるようになりました。シューベルトもずいぶん書いています。そんな中から、上述のディアベリのように、教育目的で書かれるようにもなっていったのでしょう。
 初心者のうちに連弾をたくさんやると、ピアノのポジション感覚が身につかないのでよろしくない、という先生も居ます。一方で、初心者のうちから豊かな響きに触れることで音楽性の涵養に役立つという考えかたもあり、どちらが重要であるかはなんとも言えません。ただ私の経験から言えば、連弾でポジション感覚を失うということも特に無いような気がします。

 20本の指を使うことができる連弾は、さらにオーケストラ曲やアンサンブル曲の編曲というレパートリーが拡がりました。
 オーケストラなどの曲をピアノで演奏する(リダクション)というのは、当初からよく見られることでした。録音機器が発達していない時代は、生のオーケストラを簡単に聴く機会というのもなかなか無く、人々はピアノリダクションで作品を愉しむことが多かったのです。
 しかしベートーヴェン以降の、さまざまな楽器が入り組んで動き回る交響曲などを、ピアニストがひとりだけで弾くのはなかなか困難でした。それこそリスト級の達人でもないと、多くの要素を省略した簡易なものになってしまうのもやむを得ませんでした。
 そこで採用されたのが、連弾によるリダクションです。音色の多様性ばかりはどうしようもありませんが、和音の厚みやモティーフの扱いなどについて、オーケストラの響きにもかなり肉薄する音を出すことができます。19世紀には、主立ったオーケストラ曲が発表されると、ほどなくピアノ連弾版のリダクション譜面も刊行されました。
 このリダクションを経由して、オーケストラ的なさまざまな発想と、それによるエクリチュール(書法)が、逆に連弾ピアノという形態の中に取り込まれることも起こりました。ブラームスあたりからは、連弾ピアノの響きも書法も、大いに拡張されはじめています。連弾ピアノ曲として成功した作品をオーケストレーションして管弦楽曲として発表する、などということもおこなわれだしました。
 ブラームスのハンガリー舞曲ワルツ集ビゼー『子供の遊び』ドヴォルジャークスラブ舞曲グリークノルウェー舞曲フォーレ『ドリー』ドビュッシー『小組曲』『古代の墓碑銘』ラヴェル『マ・メール・ロワ』など、充分に高い音楽的内容を持つ作品も数多く書かれています。ここに名前を挙げた作品の多くがのちにオーケストラ曲になっています。
 ラベック姉妹など連弾を専門におこなうピアニストのユニットも出現しました。もはや連弾は、「ひとりで弾けない分を補う」というような意味合いからは遠ざかり、ひとつの独立したジャンルになっていると言って良いでしょう。

 そうは言っても、作曲家がピアノ連弾曲を書く動機は、教育用ということが多いかもしれません。近年は上記の連弾専門ユニットからの委嘱などというケースも増えているでしょうが、本来は「自分と、もうひとり」のために書くというのが多かったように思えます。
 教育用と言っても、バイエルやディアベリのような初心者向けではなく、ある程度弾けるようになった、大人かそれに近い生徒が対象です。もっとあからさまに言えば、きれいな女弟子なんかと一緒に弾こうとして書いたというものが多そうです。
 勘繰りすぎと思われるかもしれませんが、根拠はあります。
 子供向きでない連弾曲には、腕を交差させる箇所がしばしば出てくるのです。つまり、第一奏者の左手が、第二奏者の右手よりも低音域に来ることが珍しくありません。
 もちろんそれは、例えば中音域より下に主旋律が来ていて、それを第一奏者が左手で弾くよりも第二奏者が右手で弾いたほうが安定するという理由である場合もあります。しかしそれにしても、別に交差させなくてもいいじゃないかと思われる箇所で、かなり長時間にわたって交差しているなんてことが見受けられます。
 まともに弾くと、腕同士が触れ合わざるを得ません。いや、ポジションによっては、第二奏者の腕が第一奏者の胸あたりにそこはかとなく当たることも……
 こんなのは、作曲家がスケベだったからに間違いないのでした。それ以外に、わざわざ腕を交差させる理由は見当たりません。そして数ある楽器形態の中から連弾ピアノを選んだ理由も、そこにあるとしか思えないのでした。
 そういえばモーツァルトは、美人の弟子だったフランツィスカ・ジャカンには連弾のソナタを書き与え、ピアノはうまかったけれどもデブでブスだったヨゼファ・アウエルンハンマーには2台のピアノのためのソナタを書き与えました。この扱いの差、非常にわかりやすいですね。

 板橋ファミリー音楽会には、何人ものピアニストが出演するので、いきおい連弾編曲も多くなります。毎年たいてい2、3曲は連弾用に編曲しています。
 それから、ここ数年、出演するピアニストたちが全員出てきて「リレー連弾」をするという企画があるのですが、いままでは既成の連弾ものを中心にしていろいろ組み立てていたのが、2019年の会では「剣の舞」をやりたいというので編曲を頼まれました。なるべくたくさん参加できたほうが良いと思ったので、なんと4人連弾というとんでもない編成にしてみました。2台で4人というのはずいぶん作りましたが、これは1台で4人です。
 洗足学園の講師たちで作っているピアニスト集団「レ・サンドワ」が、よくアンコールに、2台のピアノで10人の連弾でグノーアヴェ・マリアを演奏します。これは1台あたり5人ということでもっと凄そうですが、実は全員が片手だけで弾くので、実際には「2台10手」になります。サンドワ(100本の指)ではなくてサンカントドワ(50本の指)でしかないのでした。
 「1台8手」というのはなかなか無いのではないかと思います。「剣の舞」という曲が、わりとのべつまくなしに広い音域で鳴りまくっているから可能だったと言えます。それにしても、第一奏者(プリモPrimo)第二奏者(セコンドSecondo)まではよく譜面に書きますが、第三奏者(テルツォTerzo)第四奏者(クアルドQuardo)となると滅多に書くことがありません。イタリア語の序数詞を確認しなければなりませんでした。なお2台8手の場合は、ピアノ1のプリモとセコンド、ピアノ2のプリモとセコンド、のように書いています。
 それでピアニスト陣に渡しておいたのですが、その後の打ち合わせで、出演する8人のピアニスト全員で弾くことにしたそうです。つまりレ・サンドワのアヴェ・マリアのように、片手ずつ使うらしいのですが、はたして1台のピアノの前に8人が並べるかどうか。どんなカオスな状況になるか、リハーサルが楽しみです。

(2018.12.8.)


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