忘れ得ぬことども

ぶらりバス旅

 所用があって新宿へ出向きました。
 用事はすぐに済みましたが、なんだか無性にどこかへ行きたくなりました。
 私には放浪癖のようなものがあるらしく、時折そういう衝動にかられます。
 時折「どこかへ行きたい」との衝動にかられる人は少なくないかもしれませんが、私の場合しばしば衝動を実行してしまいます。
 衝動というのは、突き上げてきたときに実行しないと、大体見送られるもので、外出先で「どこかへ行きたい」という衝動が訪れた時、一旦家に帰って、などということをしていると、ばからしくなってやめてしまいます。私にしても決して暇を持て余しているのではなく、帰宅してもう一度出かけるなどという面倒なことはしたくありません。
 そうやって見送ることも多いのですが、今日は用件を済ませたその足で、中央高速バスのターミナルへ向かいました。

 すでに時刻も16時近く、また泊まりがけにする気もありません。そんなにお金もないし。
 それで、富士五湖線の切符を買いました。これならそう遠くはないし、運賃も山中湖まで2000円しかかかりません。充分帰ってこれるでしょう。
 来月、入っている合唱団Chorus STの合宿が予定されていて、それが山中湖なのです。別に下見してくるというつもりではありませんでしたが、それが頭にあったので富士五湖線を思いついたのでしょう。

 午後のバスはガラガラでした。この2本あとの便は満席の札が出ていたほどなのですが。
 中央高速も車はスムーズに流れていて、八王子あたりでついうとうとしたと思ったら、気がつくともう大月インターにさしかかっていました。
 富士山は中腹にかなり厚い雲がかかっていましたが、頂上はよく見えます。
 富士急行の線路と寄り添いながら、その富士山へ向かって走ります。やがて富士急ハイランドのおそろしく複雑にくねったジェットコースターの姿が見えてきました。私はいい齢をしてわりと遊園地が好きで、この頃は一緒に行ってくれる人がいないので残念に思っています。富士急ハイランドを見てついバスを下りたくなりましたが、そんなことをしていると帰れなくなるし、第一もう夕方で、遊園地はとっくに閉まっていました。
 河口湖駅・富士吉田駅に立ち寄り、山中湖へ向かいます。

 山中湖へ来たことはなかったのですが、湖岸にはずらりと土産物屋やらペンションやらレストランやらが建ち並び、殷賑をきわめていたのでびっくりしました。もっとも、平日の夕方では、建物こそ並んでいてもひとけはありません。
 山中湖バスターミナルで下車しました。ターミナルというにはいやに閑散とした場所で、そこから御殿場へ抜けるバスの切符を買おうとしたら、受付の女性が、
「それでしたら、車内でお支払い下さい。バス停はそこを少し行ったところにある信号のところを左に上がって……」
と説明してくれましたが、路線バスの立ち寄らないターミナルというのも妙なものだと思いました。

 さすがに湖畔は寒く、半袖のシャツなど着てくるのではなかったと後悔しましたが、ほどなく御殿場行きのバスがやってきました。これもがら空きです。篭坂峠・須走浅間神社を経由するルートで、峠を越えてから一望した富士の裾野の雄大さには改めて感動しました。こちらから見ると、山頂付近の雪はさっきより少ないようでした。
 御殿場に着いた頃には、6月の長い陽も落ちていました。
 東名御殿場まで10分ほど歩き、そこから東名高速バスに乗って帰ってきました。半日のうちに中央高速バスと東名高速バスに乗って帰ってくるというのも、あまり経験できることではありません。
 何をしに行ったのでもなく、ただただバスに揺られているだけでしたが、そういう時間が私は好きです。

(1999.6.10.)

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