忘れ得ぬことども

関西の無意味な旅

 このところいろいろと忙しく、生活が煮詰まり気味であったため、手がけていた仕事が一段落した機会に、3日ほど旅をして参りました。
 この3月で、講師をしていた学校をクビになり、月火水がまるまる空いてしまったので、これは思うさま旅にもゆけるだろうとほくそ笑んでいたのに、次から次へと雑用というものは入るもので、なかなか3日間スケジュールが丸空きということにはなりませんでした。手帳は丸空きになっていても、締め切り近い仕事をこなさなければならなかったり。要するに働き盛りということなのかな。
 それがようやく、今週の前半、あまり気がかりなことなしに休みを取ることができました。
 ところがよくよく考えてみると、世間も連休
 普通の人が休めないときに休めるのが自由業の特権のはずなのに、これではあまり意味がありませんでしたね。

 ともあれ、土曜(1998年11月21日)の晩に夜汽車に乗って出発しました。
 いくつかの行きつけの掲示板に、旅立ちのご挨拶をしておいたところ、東北へ行ったのだとか温泉へ漬かりに行ったのだとか、いろいろ怪情報が乱れ飛んだようですが、実は関西を目指しました。乗った夜汽車は、かつての大垣夜行、快速「ムーンライトながら」です。
 この列車は、東京駅を23時43分に発車します。
 私の家の最寄り駅である川口から東京までは、京浜東北線で約30分。駅までの歩きや乗り換えを含めても50分見れば余裕だと思ったので、23時5分前くらいに家を出ました。
 ところが川口駅に着いてみると、23時01分の電車のあとは14分までないではありませんか。
 おかしい、京浜東北線が23時台にこんなに少ないわけがない。
 ……と考えて、はっと思い至りました。
 その日は土曜日。「土曜休日ダイヤ」の日なのです。私は平日ダイヤの感覚で考えていたのでした。おそるべし、土休ダイヤ……

 えらいことになった。23時14分川口発の電車では、23時43分東京発の「ムーンライトながら」に乗れるはずがない。正確には東京までは29分でした。列車の時刻は15秒単位で、表示は秒単位切り捨てなので、最大限楽観視して、23時43分00秒に到着して、43分45秒に発車するというのなら、ぎりぎり間に合うかもしれませんが……
 とにかく、東京まで行くだけ行ってみることにしました。間に合わなかったら仕方がない、「ムーンライトながら」の指定席券(この列車は全車指定席ですので)は無駄になるけれど、明朝出直そうと腹をくくりました。
 途中の田端から、山手線と併走します。向かいのプラットフォームにいた山手線の方が早そうでしたので、電光石火で乗り換えました。ところがその山手線、御徒町でのんびり時間調整。その間にもともと乗っていた京浜東北線は先に行ってしまうし……
 もうダメだ、と思ったとき、車掌室から、業務通信の声が聞こえてきました。

 「中央線上り電車、中野駅での人身事故のため大幅に遅延……復旧の見通しは……」

 それを聞いて、閃光のごとく希望が走りました。
 中央線の上りが遅れているということは、東京着が遅れるということです。してみると、その中に指定券を持っている人がいるかもしれない以上、「ムーンライトながら」はしばらく発車を遅らせるのではないか?
 東京駅に着いたのは45分。10番線に駆け上がると、予想通り「ムーンライトながら」は待っていました。中野駅で飛び込んだ見知らぬ人よ、どうもありがとう。

 「ムーンライトながら」は混んでいて、指定券は全部売り切れとのことでした。小田原からは指定券なしでも乗れるようになるのですが、それから乗ってきた人はほぼ名古屋まで立ちづめ。途中の静岡浜松あたりで下りる人もほとんどおらず、大部分は名古屋まで行ったようですから、ご愁傷様としか言いようがありません。
 坐っている方も結構しんどい。上越線「ムーンライトえちご」と違い、「ムーンライトながら」は夜行専用車輌ではなく、昼間の特急の間合いを利用して走らせているだけですので、寝ずらいのです。まして、窮屈な席の隣が見も知らぬ人では、気も使います。ほとんど寝た気がしませんでしたが、それでも停車に気づかなかった駅がかなりありますので、眠ったことは眠ったのでしょう。
 それはいいが、隣のシートで人目もはばからず愛撫し合っていた、あんまり若くもないカップル。少しは場所というものを考えろ。

 さて、今回の旅の目的は、普通の人なら頭の中身を疑いそうな企て、すなわち近畿日本鉄道全線乗り潰しという馬鹿なものでした。一昨年、名古屋鉄道で同様の試みをしたので、いずれ近鉄も、と思っていたのです。聞くも愚か、語るもばかばかしい愚挙ですが、やらないでいるといつまでも気にかかっていそうなので、この際3日を費やしてやってしまおうと考えたのでした。
 こういう阿呆なことを考える人間にぴったりのアイテムがありまして、その名を「近鉄遊(ゆう)レールパス」。近鉄の路線なら、3日間、どこでも乗り放題(特急に乗るときは特急券が別に必要)で3800円というすぐれもの。
 こいつはいいやと思ったのですが、前日までに近鉄の駅で求めるしか入手方法がありません。近鉄のサービスセンターに問い合わせたのですが、遠隔地で入手する方法はないとのことでした。従って、第1日はこれを使うわけにゆきませんでしたが、残り2日だけでも充分元は取れたと思います。
 何しろ延長600キロに及ぶ規模がある上、路線が錯綜して、ルートを考えるのが大変でしたが、それもまた鉄ちゃん(鉄道マニア)の楽しみというもの。
 遊園地の豆汽車のような762ミリナローゲージの線路を使った北勢線内部八王子線、5分以下で走破してしまう道明寺線信貴山線、それに生駒西信貴のケーブルカーまで、バラエティ豊かな路線網をすっかり堪能しました。正確には今回は乗らなかった区間のある線もありますが、そういうところは過去に乗っているので、近鉄の全線を踏破したことになります。
 およそ無意味きわまる企てでしたが、無意味だからよいので、すっかりリフレッシュされた気分になりました。

 観光と呼べるのは、伊賀線に乗った途中、上野市で2時間ほど途中下車し、忍者屋敷などを見て回ったくらいでしょうか。この街はとにかく忍者で町おこしを図っているらしく、駅近くの小学校まで武家屋敷みたいな造りを模しているのであっけにとられました。一見の価値はあるかもしれません。
 近鉄については、近日中に、「途中下車」で触れたいと思っています。決して「途中下車」のネタ集めのために行ってきたのではありません(^_^;;

 あんまり無意味なのにもほどがあると思いましたので、忍者屋敷観光の他、ひとつイベントを組んでおきました。
 トップページにCGを載せてくれている魔獣ネコマタさんが、京都にお住まいです。それで、途中で会えないものかと思い、1週間ほど前になってメールしてみたのです。
 急な話だし、それに魔獣ネコマタさんはこのところ公私ともにいろいろあってお忙しいようでしたので、多分ダメだろうと思っていたのですが、せっかくだから是非お会いしましょうというお返事が来ました。で、京都駅近くで待ち合わせたのでした。
 もちろんお会いするのははじめてで、ネットを通じてのみの知り合いでしたが、すぐにわかりました。フィアンセLEDクンともども、わざわざ出てきて下さいました。魔獣ネコマタさんとLEDクンはやはりネットで知り合って婚約した仲で、近頃本当にネット婚のケースが増えてきたと思います。

 まず食事でもしようということで、魔獣ネコマタさんお奨めスポットである、銀河ステーションと見まごう京都駅ビルに行きましたが、その日は23日、つまり連休の最終日ということもあってか、どこの店も満杯で行列ができています。仕方なく地下街に潜りましたが、こちらもいっぱいで、結局なんの変哲もない中華料理屋、というよりはラーメン屋と呼ぶのがふさわしい店に入り、そんなところでは長居はできませんので再び銀河ステーションの上に行ってセルフサービスカフェに入って、まあ2時間半ほどを過ごしました。
 「仲魔(魔獣ネコマタさんのHP「魔界」は、RPG「女神転生」関連サイトのため、ゲーム中のタームを用いて、ネット仲間のことを彼女はこう呼ぶ)がほとんど東京に出て行っちゃって、最近はこっちで会うこともないんで、寂しかったんですよ。たまにこうやって京都に来てくれる仲魔と会うのがすごく嬉しくて」
 と、大変歓迎して下さっているようなので、今回メールを出してよかった、と思いました。話していてもとても楽しく、時間が短く感じられました。私などを相手にして、向こうが楽しかったかどうかはわかりませんが。
 もっとも、ご両人はようやく結婚式のメドがついて、いわば一番アツアツの時期と言ってよいので、私としては当てられるために会ったようでもありました。別に私の前でベタベタしているわけではないのですが、ちょっとした会話の呼吸などが絶妙で、ほとほとうらやましい想いを胸に抱きつつ、ホテルへの寂しい夜道を帰ったのでありました(^_^;;

 帰りは高速夜行バス「ドリーム大阪2号」に乗りましたが、これも相当な乗車率で、ほぼ満席に近かったようです。「ムーンライトながら」と違い、独立のリクライニングシートなので、隣の人を気にする必要はなく、かなり眠れはしましたが。ただ、トイレのドアが壊れていて中に入ることができず、危なかった人もいたらしい。
 今朝6時に、東京駅に到着しました。
 無意味な行動を堪能してリフレッシュしたので、これからまたがんばろうと思います。  

(1998.11.25.)

【後記】この時の旅については、「途中下車」「私鉄私論(その5・近畿日本鉄道)」として、また「時のまにまに」「『忍者』随想」として、それぞれ記してあります。併せてご覧下さい。
 また、魔獣ネコマタさんとLEDクンは、1999年の5月に入籍、10月に結婚式と結婚披露オフ会を開きました。おめでとう。

トップページに戻る
「商品倉庫」に戻る
「忘れ得ぬことども」目次に戻る