忘れ得ぬことども

アルシス第7回演奏会

 目下、弦楽四重奏曲を書くべく四苦八苦しております。
 大学の受験前に習作をいやになるほど書かされましたが、それはあくまで、テーマを与えられてある種の定型に当てはめるだけの練習に過ぎません。
 ちなみに、作曲科の入学試験というのはちょうどその形式で、昼食時間を含めて9時間ばかり缶詰になり、その間に与えられたテーマに基づいて室内楽曲を書き上げるというものです。別にどういう曲でも構わないのですが、なんとなくソナタ形式の曲を書くのが暗黙の了承のようになっています。テーマの展開処理を見易いからでしょう。
 まあそんな、あまり面白くもない受験勉強を別とすると、弦楽四重奏曲というものを書くのはほぼはじめてなので、苦労しています。
 それというのも、今度、11月9日に企画している「アルシス」の作品展に出品しなければならないからです。
 「アルシス」については前にも書いたことがありますが、大体私と同期か、ひとつふたつ上の期であった作曲家のグループです。今回は第7回の作品展となります。
 最初の頃は、それぞれ勝手な曲を持ち寄って発表していたのですが、第5回から、中心となる楽器を決めることにしました。第5回と第6回は打楽器、そして今回は弦楽器の演奏者に頼んでいるわけです。
 他の出品者は、別の楽器を用いたりもしているようですが、私はあえて純粋な弦楽四重奏を書くことにしました。一度書いてみたかったので、こういう機会にチャレンジしようと思ったのです。
 夏休み中に書き上げるつもりが、厄介な、手間のかかる仕事が入ってしまって、ほとんど手がつけられませんでした。おおむね弦楽器の人たちは短時間で音を取るのに馴れているとはいえ、なんとか今月中に仕上げないとかなりきついです。それなのに、今月も半ばを過ぎた現在、まだひとつの楽章の半分くらいしか書けていません。大丈夫なのか、私?

 「アルシス」のメンバーは、あまり難解な曲は書きません。聴いて素直に楽しめる曲というのが、少なくともここ何回かの方針となっています。
 私の書いている弦楽四重奏曲「餐(さん)」というのも、決して難しい曲ではありません(演奏のことは知りませんが(^_^;;)。「餐」はディナーのことですが、弦楽四重奏曲というのは、ハイドン「ロシア四重奏曲」を書くまでは、いわば貴族の晩餐のBGMみたいなものでした。そういう原点をもう一度見直してみようというのが私の下心です。20世紀の弦楽四重奏の大家、例えばバルトークショスタコーヴィッチの積み上げてきたものを無視するのかと言われれば一言もありませんが、音楽はまず楽しくなければというのが私の考えなので、難しい思想とかはそのあとからついてくるものでしかないと信じています。

(1998.9.7.)

 本番は11月9日なのに、全曲が完成したのはなんとこの火曜日、すなわち10月27日。弦楽器の人たちは比較的初見が強いからよかったようなものの、こんなぎりぎりな完成では演奏者に嫌われるに決まっています。一体に私は決して作曲が遅いたちではないはずなのですが、なぜかここ数ヶ月、面倒な仕事が一挙に押し寄せてきていて、なかなか取りかかれなかったというのが敗因です。
 完成の翌28日が合わせのある日で、私は完成の余韻にひたる間もなく、パート譜作成に邁進しなくてはなりませんでした。これが思ったより手間取って、10年近くぶりに、仕事での徹夜をしてしまいました。
 仕事での徹夜と断ったのは、テレビゲーム(主にRPG及びシミュレーションゲーム)をしていて夜が明けてしまったというケースは何遍かあったからですが、私は仕事で徹夜をしないことをポリシーにしていました。夜中も2時3時になると、能率が下がるのをはっきりと認識するので、そんな中で仕事をしてもいいものなどできっこないからです。また、締め切りに追われて徹夜などということに決してならないようなスケジュール調整を心がけてもいました。
 しかし、今度ばかりはそんなことは言っていられません。合わせは朝からだったので、出かける直前まで、眠い目をこすりながらパート譜を作っていました。しかし、実はまだひとつの楽章のパート譜ができておらず、これを作る仕事が残っています。今度から、パート譜を必要とするような曲は、手書きするのはやめて、「FINALE」などのノーテイションソフトを使おうっと。

(1998.10.31.)

 昨夜、「アルシス」第7回作品展が終わりました。この「営業日誌」でも何度かご案内いたしましたが、今回はサブタイトルを「アルシス with ストリングス」と題し、弦楽器を中心とした作品の発表会という趣向で開催しました。
 私が弦楽四重奏を書くのに四苦八苦した次第は、前にも書きましたね(^_^;;
 四苦八苦したのは、ある程度の規模を持たせようとしたせいもあります。というのは、比較的早めに曲が出来上がった阿知波吏恵さんと竹内誠さんが、どちらも演奏時間が10分とか12分とか言っているので、このままではやたらと短い演奏会になってしまい、入場料を返せといわれるのではないかという危惧が高まったのでした。そこでボスの岡澤理絵さんが、
 「MICはまだ書けてないんだよね。じゃあ、なんとか20分以上持たせるようにして」
緊急指令を伝えてきたのです。
 20分といえば相当な規模で、ただでさえ時間がなかったのが、いよいよ苦しくなりました。
 で、なんとか20分持つ曲を書いたわけですが、それでも全員合わせて70分がいいところらしい。
 それで、作曲者が舞台にのこのこ躍り出て、自作について語りながらやろうということになったのでした。
 まあそうすれば、なんとか休憩を入れて1時間40分くらいの演奏会となって、一晩の公演としてみすぼらしくない程度にはなるだろうと目算したのです。

 ところが、蓋を開けてみると。
 なんだか知らないが、全員、申告よりずっと長かったのでした。
 そもそも弦楽器のように「歌う」楽器の場合、本番は必ず練習より時間がかかるのが定石です。本番では充分に歌おうとするため、ちょっとした間合いなどがたいがい伸びてしまうのです。
 が、それにしても、12分と言った阿知波さんの曲は18分くらいかかるし、10分と言った竹内さんの曲は15分かかるし、私のは比較的申告に近かったものの22分くらいになり、結局2時間を上回る大コンサートになってしまったのでありました。
 全曲新作というのは、まったく、蓋を開けてみないと、どういうことになるかわかったものではありません。
 私は当日の会場の担当だったもので、
 「8時40分くらいには終わるでしょう」
などと舞台屋さんに伝えていたのが、あれよあれよという間に9時を廻ってしまって、やきもきしました。
 幸い日暮里サニーホールの舞台屋さんはいい人ばかりだったので助かりましたが、ホールによってはすこぶる性格の悪い舞台屋さんが居て、こういう場合ねちねちと文句を言われることがままあります。
 おかげさまで、客席はだいぶ埋まりました。インターネットで見て聴きに来たというかたも居られ、ありがたいことだと思います。
 しかし、次回は秋にやるのは避けたいなあ。この季節、なんやかやと仕事が集中することが多くて、結構疲れてしまうのです。

(1998.11.10.)

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