忘れ得ぬことども

極小バスの旅

 最近、コミュニティバスというのがあちこちの自治体で運行されるようになりました。市営バスの路線網などを運営するほどの財政規模や面積規模を持たないところで、民間のバス会社に委託して運行している場合が多いようです。たいてい百円玉一枚で乗れるようなシステムになっており、普通に考えればあまり採算の取れそうにないルートに設定されています。
 私の住んでいる川口市にも「みんななかまバス」と称するコミュニティバスが三系統運行しています。この地域を本拠にしている国際興業が委託を受けて走らせています。私の家のすぐそばにもひとつ停留所がありまして、最初見た時はびっくりしました。
 運転間隔が1時間半くらいあったり、本当に日中しか運転していなかったり、どんな人が乗るのだろうと思っていました。路線図を仔細に見ると、病院に近い停留所が多いようです。それから「たたら荘」とついた停留所がやたら多いことに気がつきました。本町たたら荘安行たたら荘芝たたら荘などなど……調べてみるとこれは川口市の老人福祉センターの謂いで、鋳物の街であったのにちなんで「たたら」の名をつけたようです。つまり、あんまりクルマの運転などができないお年寄りをいちばんのターゲットとして設定されている路線なのでした。
 ピアノを教えに行っている教室の近くにもこの「みんななかまバス」のバス停があり、仕事が終わる時刻にちょうどよい便があったりしたので、以前は部分的によく利用していました。もっとも、一本で自宅まで帰ってこられるわけではなく、途中で比較的頻繁に運転している路線バスに乗り換える必要がありましたが。

 部分的に乗った感じでは、かなり細かい生活道路などに乗り入れたりして、普通に電車や路線バスに乗っているのとは違った面白さがあるように思えました。
 うちのマダムも興味を持ったので、前に一度、近くを通っている系統に乗ってほぼ一周してきたことがあります。申し遅れましたが川口市のコミュニティバスはどの系統も環状運転で、乗っていれば一周できます。
 他の二系統も、いずれ乗ってみたいと思っていましたが、なかなか機会がありません。そうこうするうちに去年の10月にはダイヤ改正があり、休日の運転が廃止されました。病院や老人福祉センター通いのお年寄りがメインターゲットであるからには、それらの施設が休みの日には運転しないということになったのも無理はありません。しかしそのために、乗り潰せる機会がさらに限られることになってしまいました。
 三系統の路線は、それぞれ他の系統に接しており、乗り換えが可能です。うちの近くを通っている中央・横曽根・青木・南平循環の系統は、青木町公園北というところで神根・青木・芝循環の系統に接し、その神根〜循環は川口市立医療センター新郷・安行・戸塚循環の系統に接しています。ただ、接しているバス停で、ダイヤとして接続が図られているとは言えません。医療センターのほうではある程度乗り継ぎが可能ですが、中央〜循環と神根〜循環は運転間隔が異なるので、下手をすると一時間以上待たされたりすることになります。
 最近、またちょっと気になって時刻表を調べてみますと、川口駅を朝の7時半に出発する中央〜循環の時計回り線に乗ると、青木町公園北での乗り継ぎが10分ほどで済み、神根〜循環と新郷〜循環をうまく乗り継いで、午前中に大体全部乗り潰してくることが可能であることがわかりました。ただし、以前に一周した中央〜循環はほんの一部乗るだけですが。
 これなら、午後に予定のある日でもなんとかなりそうです。それにしてもさして広いとは言えない川口市の市内を巡るだけで、午前中がまるまる潰れてしまうほどの時間がかかるというのも驚きです。
 7時半出発というのではどうかな、と思ってマダムに訊いてみると、ふだんの朝寝坊ぶりに似ず、言下に
 「行きたい」
 と答えました。
 そんなわけで、コミュニティバスの乗り潰しを試みました。私はちょくちょく「小さな旅」をするほうですが、これは完全に市内だけの、「極小の旅」と言うべきかもしれません。

 7時半の便を逃すと、次は9時になりますが、そうなると青木町公園北での乗り継ぎがうまくゆかず、全体が1時間半遅れるだけでは済まなくなります。家を出るのがギリギリになり(なんだか最近そんなのが多いなあ)、駆け足で駅まで行って、なんとか間に合いました。
 コミュニティバスに使用している車輌は、マイクロバスではありませんがそれに近いくらいの小型のバスです。座席数は20に満たないほどです。
 私がよく使っていた教室からの帰りの便は、当時は最終バスでもあり、途中止まりでもあったせいか、相客があるほうが珍しいくらいの閑散ぶりでしたが、朝の便はさすがに他の客が乗っていました。
 この路線は我が家に近いところを通っているだけあって、ルートにも見憶えのある道が多いようです。西川口駅近くの陸橋を渡って線路を横切り、20分ほどで青木町公園北へ。
 次に神根〜循環の反時計回り線に乗ることになります。時刻表によれば10分待ちであるはずです。
 もっとも、コミュニティバスは細かい生活道路を通ることが多いため、定時運行はなかなか難しいようで、たいてい遅くなります。そのためいくつかの停留所で時間調整するようになっています。
 乗ろうと思っている神根〜循環反時計回りは、途中の蕨駅前から運転を開始している初発バスなので、それほど遅れないだろうと思いましたが、それでも青木町公園北には5分近く遅れてやってきました。ダイヤ上では蕨駅前から青木町公園北までは13分くらいで走ることになっているようです。通勤時間帯なので、途中の産業道路などで渋滞に巻き込まれてしまったかもしれません。
 また20分ほど乗って、川口市立医療センターへ。

 医療センターは大きなバスターミナルにもなっていて、各方面へのバスが頻繁に発着しています。川口駅から来るのであれば直行の路線バスもあり、コミュニティバスを乗り継いで来るような人は居ないでしょう。
 ここでダイヤ上は14分、実際には10分ほど待って、新郷〜循環時計回り線に乗り継ぎました。今度は一系統まるまるずっと乗ります。所要時間はダイヤ上で1時間35分。かなりの時間がかかります。
 この系統は、川口市の中でもかなりひなびた地域を廻るので、車窓もいちばん面白いようです。畑や雑木林もちょくちょく目に入ります。
 この系統は去年のダイヤ改正の時、路線も変更され、全体が長くなったため、運転間隔も引き延ばされました。ちなみに、みんななかまパスの車輌は各系統の時計回りと反時計回りがそれぞれ1台ずつ、全部合わせても6台しかありません。運転間隔は、バスがルートを一周してくる所要時間によって規定されてしまうのでした。倍の台数があればずいぶん便利になるだろうと思わずにはいられません。
 途中渋滞などがなかったためもあって、新郷〜循環の一周は、それほど遅れることもなく、ほぼ定時に川口市立医療センターまで戻ってきました。すでに10時10分。川口駅を出発してから2時間40分が過ぎています。

 ふたたび神根〜循環反時計回りに乗りました。さっき乗っていない側をぐるりと廻るわけです。青木町公園北まで乗ればコンプリートということになりますが、そこで下りても中央〜循環への乗り継ぎは今度はうまくゆきません。他の路線バスへの乗り換えもあまり便利ではないようです。当初の予定では、一周を少し過ぎたところにあるSKIPシティというところに行ってみようかとも考えていたのですが、今朝方、一回目に乗った時に様子を見た感じでは、そんなに面白そうな場所でもないようでした。それで、蕨駅で下りることにしました。蕨駅近くで昼食を食べてから電車に乗れば、マダムの午後の用事に都合が良いと考えました。
 神根〜循環反時計回りで川口市立医療センターから蕨駅までは、ほぼ1時間の行程です。こちらは、川口市の中では私にとってほとんど馴染みのない地域を走るので、その意味で面白いルートでした。小谷場という、ちょっとさいたま市側に突き出したような地域があるのですが、その部分は本来の循環ルートからちょっと枝分かれした形になっており、時計回り・反時計回りが同じ方向に走ることになります。このあたりが、ちょうど時計回りと反時計回りがすれ違うエリアになるようで、私たちの乗った反時計回りバスがここにさしかかると、すぐ前を時計回りバスが走っていて、小谷場エリアを走っているあいだじゅう、2台連なっていました。本線ルートに戻って反対向きに走り出した時には、思わず向こうのバスに向かって手を振ってしまいました。

 蕨駅東口着、11時30分。ほぼ定刻でした。
 川口市のコミュニティバスなのに、蕨市にある蕨駅に着くのを不思議に思われるかもしれませんが、東口の通りが川口市と蕨市の境界になっており、バス停はちゃんと川口市側にあるのでした。
 4時間かけて市内を廻ってきたわけです。乗り継ぎの時間を差し引いても3時間半近く、同じバスでも東名高速バスに乗れば東京から静岡を越えて浜松近くまで行ってしまうくらいの時間です。川口市の意外な広さと、コミュニティバスの大変なきめ細かさをあらためて認識しました。
 全体としてそんなに混むことはありませんでしたが、やはり病院近くの停留所と「たたら荘」などのお年寄り用施設では乗り下りが多く、やはりこういう施設の利用者のためのバスなのだと思いました。

(2007.3.5.)

トップページに戻る
「商品倉庫」に戻る
「忘れ得ぬことども」目次に戻る