忘れ得ぬことども

炎天の遠足

 午前中に草加でちょっとした用事がありました。わが住まいする川口と草加というのは隣り合わせの市なのですが、行こうと思うと意外と手間取ります。電車で行くとすると、京浜東北線──日暮里──常磐線──北千住──東武伊勢崎線というルートをとるか、京浜東北線──南浦和──武蔵野線──南越谷(新越谷)──東武伊勢崎線というルートをとるかということになります。前者は、日中だと京浜東北線が山手線併走区間で快速運転をしているので、さらに田端で山手線電車に乗り換えなければならず、なんとも面倒くさいことになります。また後者は、武蔵野線の運転本数が少ないために下手をするとずいぶん時間がかかってしまうのでした。
 実は直行するルートがあります。それは、バスを使うことです。川口駅から草加駅までは国際興業東武のバスが運行しており、今までもたびたび使ったことがあるのでした。以前は本数が少なかったのですが、現在は少し増えて、日中10分おき程度に出ています。ただ、途中経路には二種類あり、それを合わせての話ですが。
 このルートの欠点は、バスだけに時間が読みづらいところにあります。あまり大通りを走らず、生活道路みたいな道ばかり走ってゆくので、道が混むとにっちもさっちもゆかなくなります。しかし、昼間のすいている時間帯なら、まず30分程度見れば到達でき、電車を使うよりも早くなります。
 ただし、今朝の用事は草加と言っても最寄り駅は隣の松原団地で、東武線にひと駅だけ乗るという点で、所要時間では他のルートに較べてメリットが小さくなります。とはいえ乗り換えが一度だけという心理的効果は大きく、やはりバスを使って行きました。

 さて、11時頃には用事も済み、これからどうしようかと思いました。そのまま帰っても良いのですが、今日はそのあと別に予定もなく、少し足を伸ばしてみたいという気分でした。
 東武線はネットワークが大きいので、いろいろな選択肢が考えられます。その気になれば日光・鬼怒川・会津高原のあたりまで行けないこともありませんし、宇都宮前橋あたりの街に出るのも簡単。
 しかしあまり遠くへ行ってしまうと帰りが面倒なので、結局東武動物公園へ行くことにしました。実はまだ行ったことがありません。
 日差しは強く、蒸し暑い日でもあり、水族館や博物館といった屋内施設ならともかく、動物園を歩くのは無謀なような気もしましたが、なんとなく急に動物たちを眺めてみたくなったのでした。
 松原団地の駅から下りの各停電車に乗ります。新越谷で隣の線に区間準急電車が入っていて、こちらが着くのを待っていたようにして、ほぼ同時に発車しました。いくら複々線になっているからと言って、こういうダイヤは珍しい。区間準急は新越谷以北各駅停車になるので、私の乗っていた各停電車の終点で複々線区間の終点でもある北越谷までの2区間、ほぼ競争するように2本の電車が走るようになっていました。
 私は越谷で下りて、後続の準急電車に乗り換えます。次の停車駅であるせんげん台で、さっきの区間準急を追い抜き、東武動物公園に先着しました。
 この駅には操車場があって、その上を長い長い連絡通路がかかっており、その通路を渡ると動物公園側の出口に出ます。繁華なのは反対側のようで、なんとも地味な街並みでした。
 動物公園まではシャトルバスも出ていますが、歩いても10分程度ということなので歩くことにしました。実際、ほぼ着きかけた頃になってバスが追い抜いて行きましたので、到着時刻はほとんど変わらなかったことになります。そういえば駅から公園入口まで、以前馬車が走っていると宣伝していたような記憶がありますが、今はどうなっているのやら。走っているとしても休日だけなのでしょうね。
 シャトルバスは東武バスではなくどういうわけか「茨急(いばきゅう)バス」なんてのが運行していました。「茨」はもちろん茨城県の茨なのですが、こんな茨城県と縁もゆかりもない場所でシャトルバスを運行しているというのは不思議です。もっとも帰ってから調べてみると、茨急バスというのは東武野田線沿線などに路線網を持っており、社名であるところの茨城県内ではむしろ路線を減らしているとのこと。

 ほどなく公園の入り口に着きました。さしたる距離ではなかったものの、もう汗だくです。
 入場料を求めると、1500円とけっこう高いので驚きました。
 入ってみて納得。東武動物公園は「ハイブリッド・レジャーランド」を謳っており、動物園ゾーン遊園地ゾーンに分かれているのでした。動物園の入場料としては高いのですが、遊園地の入場料と考えれば、まあそんなもんだろうという気がします。もちろん遊園地の乗り物はそれぞれ別料金がかかり、フリーパス券となると4500円もするのでした。
 実を言うと私は遊園地もかなり好きなのですが、平日の真っ昼間、ほとんど乗客のいないジェットコースターなんかにひとり乗るのも、何やら光景として甚だしく寂しい気がいたしますし、とにかく今日は動物が見たかったので、遊園地ゾーンを素通りして動物園ゾーンに向かいました。
 素通りするにあたっては、動物園ゾーンまで行く豆汽車があって、ちょっと心惹かれるものがあったのですが、300円という運賃を見て、しばらく考えた揚げ句に断念。豆汽車そのものが駅に停車していれば乗ってしまったかもしれませんが、それもなかったので。歩いていると向こうから豆汽車が走ってきたのに行き会いましたが、乗客は誰も居ませんでした。
 遊園地ゾーンはかなり広く、歩き抜けるのに20分近くかかりました。豆汽車に乗るべきだったかという想いがよぎりました。暑い中を駅から歩き続けて、もうシャツはぐしょ濡れですし、だいぶへばりつつあります。

 ようやく動物園ゾーンに辿り着き、まずサバンナコーナーに立ち寄りますと、ダチョウもキリンもシマウマも、屋根のある四阿(あずまや)のところに集まって身じろぎもしていません。
 よく「アフリカの動物たちは、暑いのになぜ平気なの?」という疑問が出ますけれども、その答えがここにありました。「暑い時は動かずに日陰でじっとしているから」というのがそれ。暑い時に日なたをせかせか歩いているなんて動物は人間くらいなもので、真っ昼間はいかに獰猛なライオンであろうと、すぐ近くにヌーやシマウマの群れがいたとしても放っておくものなのです。
 屋根の下でじっとしている彼らを見ているうちに、陽のかんかん照りつける舗装道路をうろうろしている自分が、なんだかとてつもないバカであるような気がしてきました。
 サバンナの動物たちだけではありません。真夏の日中ともなると、ほとんどの動物が檻の奥の方で退儀そうに寝そべっているばかりで、あまり動物園に来るのにふさわしい時期ではないようです。
 園内の食堂で昼食を摂り、さらに冷たい水をしこたま飲んで多少生き返った気分になり、ふたたび夏の陽気の中にさまよい出ました。
 カバの檻のところで、係員がクイズをやっていたのでしばらく見ました。その後エサやりのイベントもありました。草で作ったペレットをバケツ一杯、カバの口の中に放り込みます。カバがねだるように口をあんぐり開けるのが愛嬌がありました。
 「こんなカバですが、陸上でその気になると時速50キロくらいで走れます」
と係員が説明しました。その場にいた10人ほどの客がほぉ〜と声を上げます。しかし、ふと疑問を感じて私は質問しました。
「カバが時速50キロで走らなければならないような事態ってのはどんな時なんですか?」
「そうですねえ、外敵に襲われた時など……」
「しかし、カバを襲うような動物なんか、居るんですか?」
子供はともかく、成獣となったカバは哺乳類中ゾウ、サイに次いで巨大で、しかもほとんど水中で生活していますから、肉食獣に襲われるなんてことは滅多になさそうな気がします。死にかけた老獣や負傷獣なら話は別ですが、そんな連中ならもう時速50キロで走ることもできないでしょう。
 係員はちょっと困った顔をして、
「まあ、何かに驚いたりしたらそのくらいで走ることもあるようですね」
と、やや曖昧な答え。

 水の中で過ごしているペンギンやオットセイなどは、この炎天下でもなかなか元気でした。眠そうな各種動物を見て一回りしてくると、オットセイのショーをやっていたので見ます。オットセイ本人は涼しげでしたが、見ているこっちは熱射病になりそうです。
 東武動物公園の目玉は白虎(ホワイト・タイガー)でしたが、これももともとは標高の高い寒冷地に棲息している虎だけあって、ばててゴロゴロしているだけでした。もっともその隣のアムール虎のほうはなかなか元気がよく、ノシノシ歩き回っていましたが。

 2時間半ばかり動物を見たのち、出口に向かいました。出口近くには大きなプール施設もあって、水を浴びたくて仕方なかったのですが、水着までは持ってきていません。そこは良くしたもので、プールの入り口の正面には、水着やタオル、浮き輪などを売っている売店もあったものの、そういうものを買ってまで入るほどの気にはなれず、そのままゲートを抜けました。
 これは失敗でした。遊園地ゾーンから動物園ゾーンへと歩いてきた道を逆戻りするのがしんどかったので、動物園ゾーン側のゲートから出てしまったのですが、園内シャトルバスとくだんの豆汽車を乗り継いで、最初のゲートに戻るべきだったのです。というのは、動物園側のゲートを出ても、いかなる交通機関もないのでした。完全にマイカー・チャーターバス用のゲートなのです。「東武動物公園西口」というようなバス停があって、どこかしかるべき駅へ出られるとばかり思っていたのですけれども、周囲に田んぼが拡がっているだけのなんにもない生活道路に出ただけで、バス路線など通ってはいなかったのです。そもそも車通りさえあんまりありません。
 ゲートからわりと交通量のある通り(あとで調べたら日光御成街道でした)まで約1キロばかり。しかしながらその通りにも路線バスは走っていませんでした。ここで北へ向かえば2キロほどで和戸新白岡の駅に出られたことがあとで判明したのですが、その時はわからずに、家に近づく方向である南へ。
 途中で寄ったコンビニで地図を確認すると、途中からバス路線があるようなので先へ歩きます。御成街道に出てから地図上のバス停まで約2キロ。ところが、その場所にはバス停などありませんし、次のバス停に着いて良さそうな頃になっても見当たりません。どうも路線が廃止されてしまったようです。ようやく蓮田新道との分岐点に至ってバス停出現。ここまで約1キロ。
 やれやれ助かったと思いきや、次のバスは1時間後なのでした。大体1時間に一本はある路線でしたが、どういうわけだか16時台だけ一本もないのでした。そこだけ1時間半ばかり空いてしまっているのです。
 何しろ暑いので、途中に喫茶店でもあったらそこでバスを待とうと思い、さらに歩を進めましたが、生憎そんな洒落たものは沿道に全然見当たりませんでした。ラーメン屋やそば屋はありましたが、ラーメンやそばを食べたい腹具合ではありません。
 一軒だけ「レストラン」なるちょっとだけ洒落た建物を見つけましたが、客が誰も居なくて営業しているのかどうかもよくわからないのはいいとして、入ってみるとなぜか全然冷房が効いていない感じだったので退散。
 結局、あと7、8分ほどでバスが追いついてくるというバス停まで歩いてしまいました。ここまでかれこれ4キロ。ようやくバスに乗ったら急に渋滞していましたが、2キロ半ほど走って岩槻の駅に着きました。

 結局、動物公園の西ゲートを出てから、炎天下をかれこれ8キロばかり歩くというバカなことをしてしまったわけです。そしてその前も、動物公園の中を2時間半かそこら歩き回っていたわけで、さらに駅から動物公園まで、東ゲートから動物園ゾーンまでの徒歩もありましたので、今日は十数キロ歩いたことになります。いやくたびれました。
 私は歩くのが嫌いではないので、十数キロくらい歩くのは本来そんなに苦にはならないはずですけれども、炎天下というのが問題で、暑さにはとりわけ弱い体質であるため、だいぶ無理をしてしまった気がします。
 とはいえ、元荒川を渡る橋の上で、川面を渡る風に吹かれた時は気持ちよかったなあ。ああいう気持ちの良さは、最近あまり感じられなくなっていました。
 帰ってから風呂に入ると、腕などがずいぶん赤くなっているのに気がつきました。そりゃ日焼けもしますよね。

(2004.7.13.)

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